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9月のワークショップ

9月のワークショップは、張子の絵付けです!!

奉公さん、ねむりねこ、代参犬から

好きな張子をお選び下さい。

 

 

詳しい詳細です。

講師 張子工房ウスイ 臼井 融さん(伝統工芸士)

9月28日 13:00〜15:30頃(張子乾燥後終了)

受付時間 12:40〜

材料費 1個500円

対象年齢 全年齢対象(小学校低学年以下は保護者同伴)

定員15名

張子は数が限られている為、先着順になります。

ご予約の際に、希望の張子をお選び下さい。

※全て、定員制・ご予約制です。

お申込はこちらからです。 >>CLICK 

 

 

 

サヌキノススメ第4回 その5『丸亀うちわについて』

 

■うちわの種類

 

丸亀うちわは2種類に大きく分かれます。

持ち手が平たい『平柄(ひらえ)』のものと、持ち手が丸い『丸柄(まるえ)』の2つです。

一本の竹から何本も骨ができるのが平柄。

一本の細い竹から骨ができるのが丸柄。

丸亀うちわが始まったのは丸柄からですが、作りやすさや量産のしやすさから現在の丸亀うちわの主流は 平柄です。

 

平柄と丸柄以外にも、うちわの形、種類はたくさんあります。

鎌の部分がまっすぐになっている「一文字」

地紙の部分が小さく、柄が長い「小万月(こまんげつ)」

柄の部分に模様が入っているのが特徴的な「中万月(ちゅうまんげつ)」

これらの規格にとらわれない自由な形の創作うちわも数多く、

持ち歩きしやすいようにカバーをつけた携帯うちわや版画を元にしたうちわなど、

製作側のアイデアでさらに種類は増えています。

 

 

■平柄うちわの作り方

 

【竹挽 (たけひき)】うちわの長さにあわせて竹を割ります

★約3〜4年の竹が良いそうです。ちなみに竹は1年でほぼ伸びきります

 

 

【水かし】加工しやすいように水につけて柔らかくします。水には3日ほどつけておきます

 

 

【木取 (きどり)】さらに竹を幅にあわせて切ります

 

 

【割 (わき)】だいたい10cmくらいまで、切り込み機をつかって竹を細く切ります

 

★うちわの種類によって何本割くかが決まっています。一本の薄さは約0.5ミリで、

職人は特に本数を数えることなく、さくさくと手を動かします

★穂数が多ければ多いほど、うちわはよくしなります

 

 

【もみ】細く切った竹を手でもみ、柄になるところまで割きます

 

 

【穴あけ】穴あけ機で鎌を通す部分に穴をあけます

 

 

【柄削 (えけずり)】柄を削ります。柄が少しへこんだようにして持ちやすくしたり、うちわの種類によっては柄に柄を彫ったりと装飾をします

 

 

 

【鎌削 (かまけずり)】別の竹から鎌になる部分(弓竹)を削ります

 

 

【編み】柄に開けた穴に弓竹を入れ、穂のようになっている骨(穂骨)とあわせて糸で編みます。

 

★この作業の前に竹をよく乾かします。乾いていないと竹に糸がくっついてしまうためです

 

 

【付 (つけ)】鎌の形はうちわによって変わるため、うちわの種類にあわせて鎌の形を変えます。が左右対称になるように気をつけます

 

★たとえば「一文字」だと鎌をまっすぐにします

 

 

 

【紙断 (かみたち)】うちわ用の紙を裁断します

 

 

【貼立 (はりたて)】穂骨にのりをつけて、地紙を貼ります

 

 

【あご切り】鎌よりも下の部分を切ります。やすりでこするようにして切り落とします

 

 

 

このように木枠にさして乾かします

 

 

【型切り】うちわの形にあわせた“たたき鎌”で余分な部分を穂骨ごと切ります

★たたき鎌の種類は豊富で、うちわの種類によって違います

★たたき台という木の台にのせ、たたき槌でたたき鎌を叩いて切ります

 

 

【縁取り (へりどり)】“へり紙”にのりをつけて、を地紙の周囲に貼ります。こうすることで地紙がはがれにくくなります

 

 

【耳貼り】“みみ”にのりをつけて、地紙に貼ります。さらに地紙の強度が増します

 

 

【筋入れ】骨を浮き上がらせるため、ローラーなどで圧力をかけます

 

 

完成です!

 

 

■金毘羅詣りのお土産物として 〜男竹丸柄うちわ〜

 

丸亀うちわのはじまりは1633年(寛永10年)ごろ。
流行していた金毘羅詣りの玄関口として丸亀港はたいへん賑わっていました。
その丸亀で金毘羅詣りの安価なお土産物として丸金印入りの団扇づくりが推奨されたのが、丸亀うちわの始まりとされています。
それが『男竹丸柄団扇(おだけまるえうちわ)』です。

 

■下級武士や町民の内職として 〜女竹丸柄うちわ〜

 

1780年代には九州中津藩の足軽が「女竹丸柄団扇」作りをしているのを丸亀藩の江戸留守居役が見かけたことで
『女竹丸柄団扇(めだけまるえうちわ)』が丸亀にも導入されました。
細身の女竹は男竹より扱いやすく、財政的に苦しかった丸亀藩が技術の習得を奨励したこともあり、うちわ作りは下級武士や町民へと広まります。
1854年ごろには生産量が年産で80万本にも達したそうです。

 

■明治維新と海外輸出

 

明治維新後の1874年(明治7年)ごろは混乱のなかで衰退傾向を示し、年産10万本にまで減りますが、

それでも1877年ごろには4つの団扇及び団扇骨製造工場が存在していました。

1887年ごろには生産量は再び増加し、中国や米国向けの輸出も相当な量を占めています。

このころから団扇のデザインの改良も行われるようになりました。
それとほぼ同時期の1882年(明治15年)ごろ、

「奈良団扇」を基に『平柄(ひらえ)』のうちわの製造を富屋町の卸問屋がはじめます。

 

■平柄うちわへの移行 〜平柄うちわ〜

 

平柄うちわの技術を習得した吉田利七は、

1888年(明治21年)に塩屋(現在の丸亀市塩屋町)の自宅で工場を開きました。

当時、丸柄が主流だった丸亀では十分受け入れられませんでしたが、
塩屋で発展したこの平柄の団扇は『塩屋平柄団扇(しおやひらえうちわ)』と呼ばれました。

 

1894年(明治27年)には塩屋に業界初の法人組織として「丸亀団扇株式格子会社」が設立され、
塩屋平柄団扇の誕生はうちわ作りがそれまでの家内工業から大量生産へと移行するきっかけになります。

 

日露戦争後の1905年(明治38年)以降、
うちわが広告や宣伝用に使われるようになると、大量生産には難がある丸柄団扇が不利になります。

 

さらに1913年(大正2年)には平柄団扇の更なる大量生産が可能になる「切り込み機」「穴開け機」を発明家の脇竹次郎が開発。
うちわ作りを以前よりも容易なものとしました。
1938年(昭和13年)以降になると、戦後の人手と資材不足によってうちわ全体の生産量も減少。
価格的に不利となった丸柄うちわは、一部業者を残して安価で早くできる平柄うちわ中心の体制へと移り変わっていきました。

 

こうして、丸亀うちわの主流は平柄うちわになりました。

 

■日本のうちわ生産量が丸亀で全国90%を占めている理由

 

現在、全国のうちわ生産量の約90%を丸亀うちわが占めています。
日本3大うちわに数えられる「京うちわ」「房州うちわ」と比較すると、丸亀うちわの生産量は群を抜いています。

1965年代(昭和40年代)に入るとポリプロピレン製の団扇骨が丸亀の業者によって開発され、
機械による大量生産が可能なうえにコストが安いことから『ポリうちわ』は急増。
丸亀の技術を伝えた中国の工場からの骨の輸入など、うちわ作りは短期集中大量生産になりました。

このように、扇風機やクーラーの普及で家庭内でうちわを使う機会が減っても、丸亀うちわが販促品として残ってきたためです。

 

■これからの丸亀うちわ

 

丸亀うちわは1997年に経済産業大臣指定の伝統的工芸品(国指定の伝統的工芸品)に指定されましたが、
竹から作るうちわの職人の高齢化や後継者不足は今後の大きな課題になっています。
1999年から毎年「丸亀うちわ技術・技法講座」を開き、技術の伝承を行っており、修了生のなかには伝統工芸士に認定された方もいます。

 

370年続いている丸亀うちわの伝統と技法の継承とともに、
うちわを現在の人々の生活にどのように取り入れていくのかも今後も大きな課題となりそうです。

 

■海外・ラオスでのうちわ作りの技術協力

 

ラオスのビエンチャン県バンビエン郡で丸亀うちわ作りのノウハウを伝える技術指導を3年前から行っています。

竹の扱いに慣れているラオスの農民の新たな産業のひとつになるよう、丸亀から技術指導者を派遣したり、ラオスから研修生を受け入れているとのことです。

 

こうして世界に向けて丸亀うちわを発信したり、他国の産業として発展することは、丸亀うちわにとってもその国にとってもきっとプラスになると思います。

伝統を守りながらも時代に合わせて発展していけば、現代の人々に販促品以外のうちわを手にとってもらう機会にも繋がるのではないかと思いました。

 

 
今回の記事やサヌキノ工芸展で「丸亀うちわ」を特集するにあたり、うちわの港ミュージアムさんとうちわ工房 竹さん、丸亀市立資料館さんにもご協力いただきました。
ありがとうございました!
 
ハスイ

サヌキノススメ第4回 その4『峰山ハチミツとミツバチについて』

■峰山ハチミツのはじまり

 

峰山ハチミツことミネックは、浄化槽を管理する会社です。
養蜂家の天野洋平さんの父親が社長として経営しています。

 

 

天野洋平さんは県外で就職。
その就職先が、養蜂業からはじまり、現在は健康補助食品や医薬品の開発、販売もしている県外の企業でした。
営業職として入社したのですが、研修などで養蜂について学んでいきました。
これが養蜂との出会いだったそうです。

 

 

天野さんが峰山で養蜂をはじめて今年で4年目。

 

1年目は蜂の数を増やすことに専念し、

2年目はハチミツのテスト販売を行いました。

3年目にあたる去年から本格的にハチミツ販売をはじめて、このころにはサン・クラッケでの取扱いも開始。

そして4年目の今年、峰山に直売所とカフェをオープン。

それまでは直売所より少し上にあるミネック事務所とサン・クラッケ、県外デパートの一部でしか買えなかった峰山ハチミツですが、

直売所でお客様と直接やり取りができるようになりました。

 

養蜂や採蜜、瓶詰めなど、は天野洋平さんを筆頭に、

洋平さんの父親であるミネックの社長さん、ご家族、ミネックの社員さんたちで協力して行っています。

 

■峰山ハチミツの特徴

 

ミツバチが採ってきた花の種類ではなく、ミツバチが蜜を採ってきた季節(時期)に分けて販売しています。

一番初めに取れるハチミツは「春一番」

その次の季節に取れるのが「春二番」

次に「初夏一番」と、このように分別して商品化。

 

峰山には季節ごとに様々な花が咲きます。

たとえば散歩途中にみつけた花を見て、あの花の蜜が入ったハチミツかもしれない、などと思いを馳せることができるのも、

峰山という場所限定でハチミツをつくっているミネックさんの面白さです。

 

先日オープンした直売所兼カフェも特徴のひとつです。

小売店に卸して販売している養蜂場がほとんどで、直売所を持っている養蜂場は県内では少ないためです。

 

■峰山ハチミツのミツバチ

 

セイヨウミツバチを飼育しています。現在の蜂の巣箱の数は60〜70箱ほど。

「峰山ハチミツ」とパッケージされた商品は峰山で飼育したミツバチのハチミツですが、

もし峰山のミツバチが病気になってしまった場合に備えて、峰山以外の場所でも養蜂しています。

 

峰山以外の場所だと坂出市や牟礼町など巣箱を置いていて、そこでとれたハチミツは別商品として販売されているほか、

冬の間に餌が少なくなるミツバチのための食糧にもあてられます。

 

 

■ニホンミツバチとセイヨウミツバチ

 

日本に昔から生息しているニホンミツバチは日本の蜂の病気への抗体を持っています。

そのぶん生産性はセイヨウミツバチと比べると、ぐっと劣り、飼育も難しいです。

 

セイヨウミツバチは生産性も高く飼育がしやすいですが、病気にかかるリスクがあります。

また、攻撃性が強いものの、スズメバチへの対抗策を持っていません。

 

生産性の高さと飼育のしやすさから、養蜂の主流はセイヨウミツバチになっています。

 

■セイヨウミツバチの生態と女王バチ

 

花から蜜をとってくる「働きバチ」は全てメスです。

「郡(ぐん)」に一匹だけ存在する女王蜂も、もちろんメス。

ちなみにオスの役割は女王バチと交尾をすることで、交尾にたいへんなパワーを要するために交尾後は死んでしまいます。

 

メス、女王バチも最初は同じ卵ですが、決定的な違いを生むのが幼虫のときに食べてきたものです。

 

 

指先にいるのが女王蜂です。

周りの働きバチに比べて体が大きいことが一目でわかるかと思います。

 

ローヤルゼリーを多く食べた幼虫は女王バチになり、寿命は約2年。

ローヤルゼリーを3日ほどだけあたえられた幼虫は働きバチになり、寿命はわずか40日です。

また、成虫になるまでの期間も、女王バチが約16日なのに対して働きバチは約21日。

 

体のつくりや大きさ、寿命にまでも影響を与えるローヤルゼリーとは、どんなものでしょうか。

 

■ローヤルゼリー

 

働きバチから分泌される物質です。

見た目は乳白色でクリーム状。タンパク質やビタミンなど栄養がぎっしりつまった特別な食べ物です。

これを幼虫のときにたくさん食べることによって寿命がとても長くなり、

体の大きさも働きバチの倍以上になるほどのパワーを秘めています。

 

健康食品としても知られているローヤルゼリーは人間にも効果がありますが、

その成分のすべてや謎は現在も解析中。

ミツバチのミステリーのひとつです。

 

■ハチミツがとれるまで

 

時期になると女王バチは毎日2000個の卵を生みます。

卵はおよそ3日で幼虫になり、さなぎを経て成虫になります。

 

働きバチは一生のうちの半分を巣の中で仕事をして過ごします。

生まれてすぐのころには巣を掃除、

3日目くらいから幼虫にエサとなる花粉や蜜を与える、

さらに日にちが経つと「みつろう」を分泌して巣をつくる、

別の働きバチによって運ばれてきた花粉や蜜を受け取って巣に貯める、

門番をして敵の侵入を防ぐなど、生後何日経ったかで役割は移り変わっていきます。

 

そして生後20日後くらいからようやく外での仕事がはじまり、花粉や蜜を集めてくるのです。

 

 

とってきたばかりの蜜は粘度が低いため、外にこぼれおちてしまいます。

そうならないように蜂の巣穴の六角形は、わずかながら下側が広く設計されています。

蜜がたまってくると粘度があがって粘り気が増し、こぼれおちることはなくなります。

 

 

蜜がたまると、蜂から分泌される「みつろう」で穴にフタがかけられます。

それが巣の白くなっている部分(写真の右側)

端のほうからためられていき、最終的に下の画像のようになります。

 

 

ここまでくると、いよいよ採蜜です。商品となるハチミツを作ります。

蜜刀という刃物で蜜ぶたを切り落とした巣板を分離器にいれてぐるぐると回し、

遠心力で蜜を採り、ろ過して完成です。

 

貯めた食糧を奪われる採蜜のときのミツバチはとても攻撃的で、天野さんも毎日のように刺されるそうです。

セイヨウミツバチは針を刺すと、針ごとお腹がちぎれるのでそのまま死んでしまいます。

女王ハチにも針はありますが、女王ハチが針を使うのはライバルの女王ハチを倒すときだけとのことです。

 

■巣箱のなかの温度

 

天野さんによると、巣の温度は年間を通して34度。

気温が高くなりすぎる夏は働きバチが水をくんできて、巣箱にかけます。

冬は蜂同士がおしくらまんじゅうをするように固まって暖をとります。

 

■万能調味料 ハチミツ

 

天野さんの奥さんもおっしゃっていましたが、ハチミツは多くの料理に合わせることができます。

パウンドケーキを作るときに使うとしっとり仕上がりますし、

お酢や醤油やオイル、野菜を入れてドレッシングを作ると味がまろやかに、そして深みが出ます。

自宅にあるもので出来上がるので、空き瓶を使って自家製ドレッシングを作るのもおすすめですよ。

 

また、お肉をハチミツに漬け込むと、酵素で分解されるのでお肉が柔らかくなります。

峰山ハチミツさんをはじめとして、混ぜ物のないハチミツに漬けるのがポイントです。

ぜひ一度お試しください。

 

■峰山ハチミツさんの想い

自宅もミネックの会社も峰山にあり、幼いころよく遊んでいた天野さんは、峰山への想いを強く持っています。
個人個人が自由に峰山で過ごしてもらうことが一番にせよ、
峰山でハチミツが採れることをきっかけに峰山に来てほしい。もっと峰山で楽しんでもらいたい。
そういった願いがあって、香川に戻り、峰山で養蜂をはじめました。

 

数年前に峰山公園までの道が上がりやすくなり、公園そのものがきれいになってから、峰山を訪れる人は増えたそうです。
ですが、周囲に食事ができる施設が少ないことから、お昼をまたぐ人は少ないと感じています。
直売所兼カフェのオープンで少しでもこの件が解消され、子供だけでなく大人にも楽しめる場所になってくれればとおっしゃっていました。

 

なにより天野洋平さんたちが峰山に愛情を持っていること。
峰山を楽しんで養蜂に取り組んでいることを、見学会を通じて思いました。

 

 

■参考文献

川嶋隆義、松本吏樹郎(2014) 『見ながら学習 調べてなっとく ずかん はち』 技術評論社

中村順、和田依子(2008)『庭で飼うはじめてのみつばち』山と渓谷社

 

ハスイ

 

サヌキノススメ第4回 その3『丸亀発祥!骨付鳥 一鶴』

高松市の峰山にある峰山ハチミツさんから、
丸亀市のうちわの港ミュージアムさんに向かう見学会参加者一行。
その途中でお昼ごはんを食べました。

 

サヌキノススメ見学会で丸亀を訪れたのは2度目。
丸亀ならやはりこれはおさえておかねば!ということで!

土器川沿いの、

 

一鶴さんです!

 

 

骨付鳥のはじまりは約60年前。一鶴さんの創業者の方が考案されました。

外の皮がパリパリで中がジューシー。

味が濃い目なので、おにぎり等といっしょに食べるとお箸がさらに進みます!

 

 

お豆腐好きな私は冷奴を選びました。お豆腐とピリッとした鳥、いいですよ!!

参加者のみなさんはおにぎりやとりめしで楽しんでいました〜。

 

 

こちらのお二人は骨付鳥初体験!!

骨付鳥を知ってはいたそうなんですが、食べるのははじめてとのこと。

お二人のほかにも初・骨付鳥の参加者様もいらっしゃいました!

 

午前は峰山ハチミツさんで間近でミツバチの巣を見て、

お昼に骨付鳥を食べ、

午後はうちわ貼りをして、

初めて体験することが多い7月の見学会になりました。

 

 

付け合せのキャベツがまた、骨付鳥にとってもよく合っていて美味しかったです!

この日は蒸し暑かったので午後の行程に向けて精がつきました。

一鶴さん、ごちそうさまでした。

 

骨付鳥はおやどりとひなどりがあるのですが、どちらかといえばひなどり派のハスイでした!

次回はいよいよ峰山ハチミツさんやミツバチについての詳細ですー!

 

ハスイ

 

サヌキノススメ第4回 その2『うちわの港ミュージアム(丸亀うちわ)』

 

みなさま『丸亀うちわ』をご存知ですか。

丸亀は全国のうちわ生産量の約9割を占めているうえ、

丸亀うちわは国指定の伝統工芸品でもあります!
(香川の伝統工芸品で国の指定を受けているものは丸亀うちわと香川漆器の2つです)

 

季節もちょうど夏。うちわがとっても役立つ季節。

というわけで、

サヌキノススメ見学会で午後に向かったのは丸亀市の「うちわの港ミュージアム」さんです!

 

 

丸亀駅とまるがめボート場の間に位置し、すぐそこが海のうちわの港ミュージアムは、1993年に開館しました。

うちわの歴史、作り方の展示はもちろん、

江戸時代のうちわをはじめとした色々な種類のうちわの展示がされています。

山のように並んだうちわを買うこともできますし、自分でうちわ貼り体験もできちゃいます!

 

 

うちわについて簡単に図で説明いたします。

 

 

うちわ作りは約47の工程から成っているのですが、なかでも大きく2つの工程に分かれています。

1つは「骨」工程。

もう1つは「貼り」工程です。

 

今回はすでに出来上がった「骨」に、貼り体験してきました!

 

 

到着早々、貼る紙を選びです。

ちなみにこの紙を地紙(じがみ)と呼びます。

 

 

種類が多くて迷いましたが、迷うのも楽しいですよねー。
わいわい言いながらじっくり選びました!

 

 

まずはうちわの骨にのりをつけるところから。これは「貼り立て(はりたて)」という作業です。

はけにのりをつけて、骨に塗っていきます。

 

教えて下さるのは毎年開いている「丸亀うちわ技術・技法講座」の修了生のみなさんです。

うちわの港ミュージアムには修了生の方が常駐されていらっしゃいますので、うちわ作りの技法を近くで見れますよ!

 

 

べたーっとまんべんなく骨の表と裏にのりをつけます。

 

 

次に、最初に選んだ表側にくる地紙ではなく、裏側にあたる地紙(白い紙)の下の方にだけのりをつけます。

それから骨をあわせて、上からぺたりとのせます。

 

その上から表の紙を貼ります。

 

 

 

そーっとのかぶせます。

間違えそうになっても修了生のみなさんがばっちりフォローしてくれるので安心!

 

たわしを一方の方向に動かして、骨と紙を定着させます。

力はあまり入れずにやさしく動かしました。

 

 

ここまでの工程が終わると、一旦お休み。のりが乾くのを待ちます。

 

うちわを挿しているこの木枠はかなり年期が入っております。

現在、サン・クラッケ店舗でもお借りしている木枠ですが、そちらはお店を閉めたうちわ屋さんで使っていた物だそうです。

一定間隔に穴があいているので上下で重なることなく、たくさんの本数を挿すことができるアイデア道具。

うちわ作りを調べるにあたって、こういった道具を見るのもまた面白かったですよ〜!

 

 

乾いたあとは「型切り」の作業へ!

地紙から飛び出ている骨と地紙を切ります。

 

うちわの縁を切るこの刃物、型切り鎌(たたき鎌)といいます。

うちわにはたくさんの種類があるので、それによって型切鎌の形が変わってきます。

 

 

講座修了生のうちわ職人の方が鎌をうちわに合わせてくれ、

 

 

「ここ!」と指差してくれる鎌の部分を上から、たたき鎚(つち)でたたく!

「次ここ!」たたく!!

「ここ!」たたく!!!

「もういっちょ!」たたく!!!!

 

 

これがなかなか力がいります。思い切りよく叩くと大きい音も出るので、ストレス発散にはもってこい!

ですが、くれぐれも鎌を押さえてくれている研修生の方に当たらないように!

 

鎌をずらしてもらいながらうちわの形が切り上がると、次は「縁取り(へりどり)」です。

 

 

のりをつけた細い紙(へり紙)を、うちわに沿って貼っていきます。

片方の手で今まで貼った部分を押さえながら、ゆっくり少しずつ進めていきます。

 

一見すると簡単そうなこの作業が、私は一番むずかしく感じました。

うまく中心に貼れないんですよね。気が長くない性格のあらわれでしょうか・・・。

 

最後に「みみ」をつけて、うちわ完成!(写真がなくて申し訳ありません)

へり紙は地紙がはがれるのを防ぐ紙で、へり紙がはがれるのを防ぐのがみみ。

うちわを長く使うためには欠かせない作業なんですよ。

 

実はうちわを乾かしている間に、丸亀うちわの伝統工芸士の方にお話を聞いてきました。

 

 

 

建物内部に沿うようになっている、これらのうちわの骨。
こちらは2010年に開催された瀬戸内国際芸術祭のアート作品が移設されたものです。
当時、高松市の男木島(おぎじま)に展示されていた西堀隆史さんの作品が
当時とはまた少し様相を変えて常設されています。
ぐるりと通路を囲むうちわの骨組み。壮観でした!

 

そんな作品を背景にして、長戸幸夫さんからお話を聞きました。

長戸さんは香川県伝統工芸士でもあり、国の伝統工芸士でもあります。

丸亀うちわで県と国の伝統工芸士を兼ねている唯一の方です。

 

丸亀うちわが国指定の伝統工芸品になったのが平成9年(1997年)

認定から15年以上経ち、そろそろ国の伝統工芸士認定にも挑戦してみようということになったそうです。

そこで去年(2013年)に認定試験を受けて、丸亀うちわの伝統工芸士が4人認定されました。

そのうちのお1人が長戸さんです。

 

 

長戸団扇(だんせん)という会社でうちわの製造をしており、長戸団扇は現在3代目。

幸夫さんのおじいさんの代から続く団扇会社です。

おじいさんは骨作りを行っていたそうですが、お父さんの代に骨師から貼り師へと移り変わり、

幸夫さんは貼り専門。

伝統工芸士も貼り工程の部門で認定されています。

 

 

ちょうど隣に展示されていたうちわの種類についてのことや、

香川県うちわ協同組合連合会をはじめとした方々がラオスでの海外支援としてうちわ作りを教えていることなど、

いろいろなお話を聞くことができました。

 

 

ラオスでのうちわ作りに大きく関わっている西条久(ひさし)さんもお話を聞かせて下さいました。

これについても後日更新するブログでまとめていきます!もう少々お待ち下さい。

 

最も急がしい夏にお時間を取って下さった長戸さんをはじめ、

とても親切にしてくださった港のうちわミュージアムのみなさま、本当にありがとうございました!

 

うちわについてまとめるととっても長い文章量になるぞ!と若干恐れているハスイでした!

お店の外で打ち合わせや活動することも多いので、この夏はうちわで乗り切るぞー!!

 

ハスイ