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9月28日 張子工房ウスイさんワークショップ

ウスイさんの張子のワークショップ!!

毎回人気の張子!!

今回は、奉公さん 代参犬 ねむりねこの中からお好きな

張子を選んで頂きました。

 

まずは、胡粉を塗った張子に

えんぴつで下書きをしてから始めます。

彩色で分からない所を聞きながら皆さん

楽しみながら作業をしています。

目が一番描くのが、難しいですが

慎重に細かく仕上げて行きます。

面積の広い部分は皆さん、ダイナミックに色を塗って

おります〜〜。

可愛い髪型の奉公さん。

ここで、代参犬のお話を!!

代参犬とは、病気のご主人様の代わりに

おまいりに行く犬の事を代参犬と言います。

個性豊かな張子達が出来ました。

 

見本を参考にして彩色したねむりねこ!!

目の表情がとても優しいですね〜〜。

皆さん、ご参加頂きありがとうございました。

 

 

サヌキノススメ第6回 その1『中橋造酢(仁尾酢)』

 

サン・クラッケで取り扱っている県産品の生産者さんを一般のお客さんと訪ねる

「サヌキノススメ見学会」!

毎月1回、サン・クラッケで取り扱っている食品、工芸品を作っている会社を見学させてもらい、

その内容をブログや動画などでアップ!

ラジオのコーナーも放送して、より香川の県産品を身近に感じてもらおう!!!

という4月から始まったこの企画も折り返し地点?の9月で6回目になりました~。

 

9月になっても暑い日が続いていたのですが、見学会の日もそこそこ暑かったです。日差しがきびしい!

 

では今回の行き先を、見学会恒例の手描きしおりでご紹介。

 

 

どちらも香川の西、三豊市です。

午前中はお酢を作って数百年!仁尾酢でおなじみ中橋造酢(なかはしぞうす)さんへお邪魔してきました〜!

 

まずはお酢をしこむ作業場から。

元は酒屋さんの蔵だったところを買い取ったとのこと。築百年は越えていそうな建築物でした。

 

 

中橋造酢さんの目印はなんといってもこのレンガのえんとつ。

赤くて高くてカッコイイ!もちろん現役です!

 

三豊市にある仁尾(にお)はかつてお城があった城下町。

港は土佐藩(高知)の参勤交代に使われるなど、とても栄えていました。

 

初代となる中橋仁右衛門さんが丸亀藩主に命じられ、仁尾でお酢造りをはじめました。

その時代は丸亀藩の許しがなければお酢やお醤油などを作ってはいけませんでしたが、

仁尾港は交通の要所として栄えていたので、中橋さんのところ以外にもお酒やお醤油、お酢の醸造場がありました。

 

しかし今、お酢を1から手作業で作っているのは仁尾どころか香川では2軒のみ。

こちらの中橋造酢さんと高松にある神崎屋さんだけです。

 

 

案内してくださったのは11代目の中橋康一さんと、奥様の登美子さん。

康一さんは学生のころからお酢作りに関わってきました。

 

まずは工場をひと通り見学しながらお話を聞いていきます。

 

 

お酢は原料が何になるかでいくつか種類が分かれるのですが、

中橋さんのお酢は主原料がお米の『米酢(よねず)』

 

というわけで、中橋さんのお酢造りはお米でお酒をつくるところから始まります!

お酢って途中まではお酒と同じ作り方なんですよ~。

(お酒を搾ってしまうと許可がいるので、搾る前の「もろみ」を使用しています)

 

 

お酒は2年に1度くらい作ります。

お酒作りのときにお米を炊く以外にも、お酢のしこみに使うお湯を沸かす必要があるのですが

そこで使うのがこの大きな釜。

 

 

画像だとわかりづらいですが、地面に埋まった状態です。

火を起こす場所はというと。

 

 

ひっそりとある階段下に!燃料は材木です。

 

 

長く燃え続けるけれど温度があまり上がらない角材や、

 

 

2束が5分くらいで燃え尽きるけれどすぐ温度が上がる薄めの木材。

縁のある近所の材木屋さんから譲ってもらっているそう。

これらを投入して燃やし、地下にある煙の通り道をとおって、

 

 

仁尾酢のシンボル、赤いえんとつから煙が出ていくわけです!

 

このえんとつ、昔はもっと高かったそうです。

1946年の南海地震で高松も震度5を記録したとき3~4mくずれ、今の高さに。

1995年の阪神大震災ではヒビが入ってしまい、ステンレスで補強しました。

 

その昔は漁師さんが赤えんとつを目印にしていたのだとか。

康一さんは、本当かどうかわからんな~と話されていましたが、周囲に高い建物もありませんのでありえるのでは・・・!

 

 

さらに奥に入ると発酵中、熟成中のお酢が入った杉樽がズラリと並んでいます。

お酢の匂いでいっぱい!

 

ここは1年に1度行われる「仁尾八朔人形まつり」のときは突き当りの出入口が開放され、

自由に通りぬけができる場所になります。

 

 

杉樽にワラをぐるぐると巻いているのは保温のため。

今は上下があいていますが、冬になると杉樽を隠すことなく巻いてしまいます。

お酢の一番の弱点は寒さ。でも暑すぎてもダメ。

人体と同じくらいの温度が菌にとっても一番いいそうです。

 

万が一、種酢にふくまれている「酢酸菌」がみんな死んでしまうともう二度と仁尾酢は作れません!

ですので、気温管理や菌の様子を見ることは本当に大事な作業になります。

 

 

はしごで杉樽の中をのぞかせていただきました!

 

酢酸菌はお酒に含まれているアルコールを食べます。

アルコールの発酵はだいたい2、3ヶ月。

アルコール(食料)がなくなってしまっても菌が死ぬので、そうなる前に菌を洗面器などですくって別の杉樽へ移植させます。

 

 

こちらが菌が膜を張っている状態。

まさか杉樽の中がこんなことになっているとは・・・。

ちなみに上に手をかざすと暖かさを感じました。絶賛発酵中ですね!

 

 

仁尾酢に三豊の新鮮フルーツを漬けて砂糖を加えた「フルーツDE酢」という商品も作っています。

水やソーダに割って飲んだり、ドレッシングがわりにサラダにかけたり、用途はいろいろ。

 

 

その季節の旬なフルーツを選んでいるので売り切れゴメンまた次のシーズンに!

といったひと季節のみの種類もありますが、約20種類のバリエーションがある楽しいお酢です。

息子さんが小6のときに描いたイラストも記憶に残りますね〜。

 

 

「イチジクDE酢」は作業場の中庭にあるイチジクを使っています。

この生い茂っている木はイチジクです。大きいです。

こちらのイチジクこう見えて1本の木だとか実は2本だとか。どちらにしても大きい!!

 

 

中橋さんの商品の販売所や事務所は、作業場からまっすぐ歩いて3分くらいの場所にあります。

これまたレトロで雰囲気のある建物です。

 

 

お願いをして製品前の「フルーツDE酢」を見せていただきました!

 

 

漬けているのはボイセンベリー。もちろん三豊産。

 

後ろにちょこんと見えているのがジャム。

「フルーツDE酢」に使ったフルーツから、康一さんの奥様やお母さんが手作業でつくります。

例えばビワだと種をはずして薄皮をとってからジャムに加工。なかでもボイセンベリーは種が小さいうえに多いので大変です。

ジャム作り中はご自宅が甘い匂いでいっぱいになるのだとか。

 

まろやかな仁尾酢に漬けられていた果物ですので、酸味と果物の甘みのバランスが絶妙。

ハスイは柿のジャムを食べたのですが、とても、好きです!ジャムだけで食べても次から次に食べたくなる中毒性がありました。

ヨーグルトやカナッペに合うのではないかとハスイの周囲からのご意見も!

 

 

材木屋さんや地元農家さんなど、近隣の事業者さんで助け合いながら歴史ある仁尾酢を守る。
その伝統を守りながらも、野菜の摂取量がとっても少ない香川県民に向けてフルーツのお酢をつくる。
使った果物も余すところなく利用する。

なるほど〜!と思う工夫がいっぱいでした。

 

中橋造酢さん、お忙しいところひとつひとつ丁寧に説明してくださってありがとうございました!

中橋造酢さんのホームページはこちら

 

中橋さん工場のように歴史ある建築物が残り、以前の建物のまま営業しているお店も多い仁尾。
仁尾の魅力は寄り道やお昼ごはんのブログ更新の回にめいっぱいお伝えいたします!

 

次回は午後にうかがった張子虎の「田井民芸」さんの記事です。

 

 

ハスイ

【ラジオ】サヌキノススメ in タカマツシティリミッツ 第6回(9月23日放送分)

FM815(FM高松)で毎週火曜日に生放送されている「タカマツシティリミッツ」。

 

毎月第4週は「サヌキノススメ」コーナー。

 

第6回は9月23日に生放送。今回は仁尾で張子虎を作られている田井民芸さんから、伝統工芸士の田井艶子さんと、近所にお住まいで25年以上田井さんをお手伝いされている綾 静子さんをゲストに迎えてのオンエアー。

 

まずは田井さんから張子虎についてのお話を伺いました。作り方から田井さんが継がれた経緯、作るときのこだわりまで興味深いお話をたくさんお聞きできました。

田井さんの可愛らしい張子虎と、10月の工芸展に向けての張子の獅子頭、サン・クラッケ店頭に並んでいますので、ぜひ見にお寄り下さいね!!

田井民芸さん

 

そしてもう一ヶ所の見学先、創業273年、仁尾で仁尾酢を作られている中橋造酢さん。お酢はまずお酒を作り、そこにお酢の菌を入れてから1年以上発酵させてつくります。香川県内で一からお酢をつくっているのは中橋造酢さんと、仏生山の神崎屋さんの2件のみ。

そんな安心して食べられるお酢、サン・クラッケでお求めいただけます!

中橋造酢さん

 

オンエアでは次回の見学会の案内もさせていただきました。

10月の見学会は10月11日(土)、工芸は欄間彫刻の工芸士さんで2ヶ所・小比賀彫芸さんと朝倉彫刻店さん、食品はひょうげ豆の豆芳さんにお邪魔します!まだまだ参加者募集中です!!ご興味ある方はぜひご参加下さい!!

 

ゲストも迎えて女性4名となり、にぎやかな25分間になりました。聞き逃した方は下のリンクをクリック!でお聞きください。

(約25分のコーナーを4分割しております)

 

>>サヌキノススメinシティリミッツ 第6回(9月23日放送分)その1

 

>>サヌキノススメinシティリミッツ 第6回(9月23日放送分)その2

 

>>サヌキノススメinシティリミッツ 第6回(9月23日放送分)その3

 

>>サヌキノススメinシティリミッツ 第6回(9月23日放送分)その4

 

サヌキノススメ第5回 その5『川口屋漆器店と香川漆器について』

 

■川口屋漆器店さんのはじまり

創業は昭和21年。日本が終戦した次の年です。

「川口屋」という屋号でよろず屋を営んでいましたが、家具と漆器を作っていた近場の親戚の下請けをはじめました。

その親戚は漆器作りをやめて別の商売に転向。

川口屋さんは自立をして、創業から68年経ちます。

今の社長さん、佐々木敏晴さんは2代目で、3代目になる息子さん、康之さんも漆器作りに携わっています。

 

■漆器とは

漆の木からとれた樹液を加工してできる『ウルシノール』を、木や紙に塗り重ねた容器のことです。

漆を塗る前の容器となるものを素地(きじ)と呼び、素地が木ならば「木地」(きじ)と呼びます。

川口屋さんでは香川の木地屋さんからほとんどの木地を仕入れています。

漆は全国に数軒残っている漆屋さんが精製したものを購入して使用します。

ちなみに日本でとれる漆の量はごくわずか。中国からの輸入が大部分を占めています。

 

漆には防水、防腐効果があり、昔は接着剤として使われるほどの接着力ではげにくく、ある程度の熱にも耐える丈夫さを持っています。

高価なイメージを持たれがちですが、漆は1度塗ると乾いて固まるのに約1日かかるため、漆をどれだけ塗り重ねたのか、加飾がされているのかどうかが値段にあらわれます。

 

■香川の漆器のはじまり

 

高松藩主が松平頼重公だった江戸時代、頼重公が漆芸や彫刻などの芸術分野を奨励したことが始まりとされます。(ちなみに頼重公は讃岐独自の織物の開発を命じ、その結果、保多織が生まれました)

その後、高松出身の玉楮象谷(たまかじぞうこく)が、中国から伝わった漆芸技術「存清(ぞんせい)」「彫漆(ちょうしつ)」そしてタイやミャンマーが起源の「蒟醬(きんま)」の研究を重ね、独自の技術に変えました。

「象谷塗(ぞうこくぬり)」も中国など外国の漆芸技術を知ったうえで、玉楮象谷が創案。

その玉楮象谷に技法を習った後藤太平 が考案したのが「後藤塗(ごとうぬり)」です。

香川漆器は国指定の伝統的工芸品(経済産業大臣指定伝統的工芸品)に認定されていますが、

正確には「存星」「彫漆」「蒟醬(きんま)」「象谷塗」「後藤塗」の5つの技法が指定を受けています。

このことからも、現在の香川漆器の基礎を築いたのは玉楮象谷といえます。

 

■香川漆器の特徴

 

木地は成形方法によっていくつかの分類に分かれますが、

川口屋漆器店さんのお話によると、香川は木をくりぬいて作る木地がほとんど。

木と木を組み合わせた木地、指物(さしもの)で作られていることが多い重箱も、香川では木をくりぬいて作っています。

そのぶん価格には加味されますが、木の間にすき間がないことから長持ちして壊れにくくなります。

 

伝統的工芸品に登録されている5つの技法以外にも、使っている塗りの手法がとても多いことも香川の漆芸の特徴です。

 

こちらが「独楽塗(こまぬり)」

木地の材質を活かした「すり漆(うるし)」

「朱塗」「根来塗(ねごろぬり)」

など多彩です。

 

以前は座敷机の全国約7割程度は香川で作られていたそうです。

現在でも香川の漆器組合に所属している会社のおよそ8割は家具などの大きな商品を作り、川口屋漆器店さんのように食器などの小さいものをつくっているのは約10社となっています。

 

■香川漆器の知名度

 

漆器の産地としての香川の知名度は高くありません。

ですが香川漆器は国の伝統的工芸品の指定を受け、漆芸分野で5人の人間国宝を輩出しており、現在、漆芸分野でご存命の人間国宝10名のうち3名が香川県出身です。

香川には全国で2箇所しかない漆芸技術の伝承を目的とした施設「漆芸研究所」もあります。

もう1箇所は輪島塗で知られる石川県で、設立は昭和42年。

昭和29年に設立された香川の漆芸研究所は全国のさきがけでした。

 

とはいえ県内外問わず漆芸を学びに来る人がいる一方で、香川の漆器屋さんに就職する進路を選ぶ修了生は多くなく、

漆芸を続ける選択をした修了生のおよそ半分は作家としての道を選んでいます。

別の産地の漆器屋さんに就職する修了生もおり、生活スタイルの変化にともなう漆器の需要の低下があるにせよ、作り手の減少も今後の課題になっています。

 

■漆器のつかいかた

 

漆が苦手なものは急激な温度変化や紫外線です。

長い時間直射日光が当たる場所には置かず、電子レンジや食器洗浄機、乾燥器には使用しないでください。

漆器の塗りの種類にもよりますが、油汚れがなければ洗剤を使ってスポンジで洗うことも可能です。

そのとき水に長時間つけおいたりしないよう気をつけてください。

洗った後は水気を拭いて、しっかり乾かせば大丈夫です。

 

漆器はとにかく扱いにくいイメージをもたれていますし、実際、加飾や用途によっては扱いに気をつけなければいけません。

しかし、物心ついたころから漆器の食器を当たり前に使ってきた3代目の佐々木康之さんは、ほかの家では食卓で漆器がほとんど使われていないことに驚いたといいます。

普段使いできる漆器は洗剤で洗い、最後まで乾かして使うだけで特別な手入れは必要ありません。

 

■川口屋漆器店さんの想い

 

佐々木敏晴さんに漆器のこれからを尋ねたとき、

「漆器の良さはこれから使う人が決めてくれる」とおっしゃっていました。

漆器を買ったり頂いたりしても仕舞いこんでいる人が多いですが、「漆器は使ってなんぼ」

川口屋さんでは昔ながらの漆器のほか、数十年前の図面をもとにアレンジを加えたものや、

お客さんの声をもとに今までになかった小鉢サイズの漆器やカラフルな漆を塗った漆器など、幅広い世代に手にとってもらえるものづくりをしています。

 

“漆器だから”ではなくデザインに惹かれて商品を手にとった方も、まずは最初の1つから。

漆器が本来持っている良さや、そう難しくない手入れ方法を知ってもらえれば、きっと次のきっかけに繋がります。

 

ハスイ

 

 

 

香川漆器はこちらからお買い求めいただけます。

 

 

川口屋漆器店さんの商品はこちら

 

サヌキノススメ第5回 その4『三原飴店とぎょうせん飴について』

 

■三原飴店のはじまり

今からおよそ290年前。

江戸亨保の時代に、三原家のご先祖さまが阿波(現在の徳島県)でぎょうせん飴の製法を学んできました。

ぎょうせん飴作りはあくまでも農業の“副業”として生活を助けるもの。

そのため、代々お嫁さんが作り続けてきました。

お姑さんからお嫁さんに継がれていくそれは今も絶えることなく、現在9代目。

9代目・紀子さんの旦那さんも最近まで別の仕事をしていました。

 

ぎょうせん飴作りを継ぐのは長男のお嫁さんですが、

紀子さんの旦那さんである元幹さんの曽祖父にあたる方は子供に恵まれず、養子をとったそうです。

当時は子供のいない家庭が親類から養子を取ることは珍しくありませんでした。

 

■ぎょうせん飴とは

 

もち米、麦芽、水のみで作られる水あめです。

地黄(じおう)という薬草を加えた水あめが「地黄煎(じおうせん)」とよばれていて、

それが「ぎょうせん」という名前の由来なのではと言われています。

 

やさしい甘さのぎょうせん飴ですが、砂糖はまったく使われていません。

 

砂糖が日本に持ち込まれたのは奈良時代が最初といわれています。

当時は薬品として使われていて、輸入でしか手に入らない非常に珍しいもの。

それが一般に流通し始めたのは江戸時代のことですが、平安時代の書物に「飴」の表記が残されており、これは砂糖のことではなく小麦などを使った飴のことだそう。

また、小麦を使った水飴のそもそもの起源はメソポタミア文明のころだという調査結果が、香川大学の教授によって出されたといいます。

それほど昔から小麦を利用した甘味が作られていました。

 

■三原飴店のぎょうせん飴の材料

 

必要なのは、もち米、麦芽(小麦)、水。

 

もち米は香川県産と広島県産のもの。次点で佐賀県産のものを使用します。

県外のもち米も準備しているのは、冷夏などが原因の不作で十分な量を確保するのが難しい年があったため。

作られ方がはっきりしているものだけを選び、広島県産のものは減農薬のもち米を。

香川県産のものは農薬を取れる精米機を使用したもち米を使っています。

 

小麦は香川の「さぬきの夢」

正確には小麦を発芽させてアミラーゼを生成した“麦芽”が材料になります。

 

麦芽は冬の時期に1年分をまとめて作ります。

小麦を水に浸して木箱の中に置いておくと、約1週間で芽が出てきます。これが麦芽です。

なぜ冬に作業を行うかというと、発芽すると小麦に熱が出てカビが発生するため。

できるだけ乾燥した冬の時期に発芽させます。

しかし木箱は覆いで隠しておくため、発芽の具合を確かめるとこができません。

天気や気温によって発芽させる時間を見極めるのもぎょうせん飴づくりに欠かせない作業です。

麦芽の活性化はほぐして干すとストップします。

 

■ぎょうせん飴の作り方

 

沸騰したお湯でもち米がおかゆのようになるまで炊きます

粉にした麦芽を少しずつ入れながら、3〜4時間かけて混ぜます

おかゆがサラッとしてきたら一晩寝かせます

(1日目終了)

麦芽の酵素・アミラーゼで甘みが増した飴汁を、布袋に入れて2回こします

火加減に気を付けて焦げないように、8〜10時間煮つめます

できあがり

 

ちなみに瓶詰めは竹の棒にぎょうせん飴をまきつけて、1個ずつ瓶に計り入れていきます。

 

今は灯油が燃料の釜も、以前はおがくずを利用していました。

 

■ぎょうせん飴の甘さの理由

 

発芽した小麦に含まれている糖化酵素・アミラーゼ。

アミラーゼがもち米のデンプンを分解して麦芽糖にするため、砂糖は入っていないのに甘さが出てきます。

三原飴店さんのもち米と麦芽の割合は秘密です。

 

■ぎょうせん飴のつかいかた

添加物不使用の、自然食品であるぎょうせん飴。

母乳の出や産後の肥立ちに良いとされ、出産祝いにする方もいます。

のどが痛いときには、皮付きのまま容器に入れた大根に、大根の約半分ほどぎょうせん飴をのせ、

出てきた汁を飲むと効くとされており、三原飴店さんのホームページでも紹介されています。

煮物などの料理やお菓子作りにハチミツ代わりにして使うと、より作ったものの美味しさが増すと紀子さんはお話されていました。

 

■ぎょうせん飴のロゴ

 

三原飴店さんとお知り合いだった、

香川県出身、在住の書道家・池田秋濤(しゅうとう)先生が書かれたものです。

「素人っぽく」書いて親しみが持てる字にしたかったとのこと。

池田先生は「讃岐天ぷら うえ松」さんや海老煎でおなじみ「志満秀」さんのロゴも手がけている方です。

 

■三原飴店の想い

 

お姑さんからお嫁さんへと受け継がれてきたぎょうせん飴作り。

季節問わず2日かけてじっくりと作られる飴で、家族の生活を助けてきました。

戦前戦後は、ぎょうせん飴と物々交換で野菜などをもらうこともあったそうです。

生活が安定した現代も、290年続いたぎょうせん飴の良さを守り、

買い求めてくれるお客さんの声のためにもこれからも作り続けていこうと

紀子さんたちは励んでいます。

 

 

ハスイ