TOPICS

サヌキノススメ第9回 その4『満久屋豊浦商店とあいむす焼について』

 

■満久屋豊浦商店について

 

 

創業は明治10年(1877年)ごろ。創業から138年ほど経ちます。

元は旅館を営んでいましたが、お土産用にと作ったエビかまぼこが好評に。

それが満久屋豊浦商店さんの看板商品、エビを蒸し焼きして作るえびせんべい「あいむす焼」のはじまりになりました。

大正天皇に奉納されたほか、諸国の物産を集めている明治神宮にも毎年奉納されている歴史あるお菓子です。

現在は豊浦孝幸さんが6代目。ご自身もあいむす焼などを作っています。

 

旅館を営む前、豊浦さんのご先祖さまは観音寺・九十九山にあったといわれる江甫草山城(つくもやまじょう)の家老だったそうです。

しかし天正7年(1579年)ごろ、長宗我部元親の四国侵攻のおりに江甫草山城は落城。

城主の子どもを陣幕にくるんで逃げ延びたのですが、そのエピソードが 「満久屋(まくや)」の由来だとか。

 

■あいむす焼について

 

材料は燧灘(ひうちなだ)でとれるジャコエビと、エビの水分が出てくるのをふせぐための片栗粉(でんぷん)のみ。

 

燧灘とは香川県の荘内(しょうない)半島と愛媛県高縄半島の間の、四国側の海域のことです。

いりこ漁でも有名な燧灘にある伊吹島(観音寺市)周辺でとれるジャコエビを使用しています。

 

 

仕入れたエビは午前中のうちにパートのお母さんたちが手作業で皮をむくなど、下ごしらえをします。

エビの水分があとから出てしまわないように片栗粉をつけておきます。

 

蒸す作業を現在行っているのは、6代目の孝幸さんと、勤め始めて3,4年になる渋谷さんのお二人です。

蒸し始めに1度だけ、鉄のコテに油を塗ります。

 

 

さっと手づかみで適量を取ってコテに挟み、火の当たり加減を考慮してコテの場所を変えながら、約1分30秒で1枚が蒸し焼きになります。

多い時で1日に1200枚作ります。

 

 

また、蒸し焼き時間は季節と天候によって左右されるので、職人さんの見極めが大事になってきます。

コテは持ち手が長く、鉄でできているので1本でも重量があります。

 

蒸し始めはコテの先にある留め具に持ち手をひっかけて、より圧縮して水分を飛ばします。

ある程度できあがってくると留め具を外します。

 

 

完成したあいむす焼をざるに入れるとすぐに次のエビを挟み、それを何度も繰り返します。

この時点で食べたあいむす焼は柔らかい感触が。

時間が経つと空気中の水分を吸って湿気てしまうため、水分を完全に飛ばすために室(むろ)に入れて乾燥させます。

孝幸さんのおじいさんの代からあったというこの室ですが、以前は炭を使っていたそうです。

できあがったあいむす焼の袋詰め、箱詰めも、もちろん手作業になります。

 

 

こうして完成する無添加のお菓子「あいむす焼」。

コテでエビを蒸し焼きすることが名前の由来になっています。

 

 

袋詰のもの、缶入りのもの、別のエビのお菓子との小袋詰め合わせのものと、用途に合わせて種類があります。

 

■奉納されるあいむす焼き

 

あいむす焼は大正天皇にも奉納されています。禊(みそぎ)をし、白装束で作ったそうです。

また、全国の物産のひとつとして毎年、明治神宮にも奉納されています。

 

■いそ巻きと姿焼き

 

 

満久屋豊浦商店さんには「いそ巻き」「姿焼き」など、あいむす焼とは違う作り方のエビのおせんべいも作られています。

おおまかに説明しますと、

「いそ巻」はエビや北海道産の馬鈴薯などでおせんべいの生地を作り、鉄のコテで焼きます。

それを丸めて北海道産の昆布で巻き、細かく切って完成です。

「姿焼き」はエビの頭を取ってそのままコテでプレス。皮ごとパリパリ食べられます。

 

どちらも少なくとも20年以上前から作られている、満久屋豊浦商店さんならではのお菓子です。

 

■満久屋豊浦商店の想い

 

燧灘が近い観音寺の風土ならではのお菓子「あいむす焼」を同じ味、製法で残し、歴史をこれからも重ねていくことは6代目である豊浦孝幸さんの1つの展望ですが、

それと同時に観音寺の街、お店、人を元気にしていく取り組みにも力を注いでいます。

 

孝幸さんが子どものころ、満久屋豊浦商店の前の道には毎週土曜日にたくさんの露天が並び、愛媛県からも人が来るほど賑わっていたそうです。

ですが他の地域もそうであるように、現在は当時の賑わいから遠くなっています。

そこで孝幸さんは観音寺市の活性化のために、観音寺市を街歩きしながらお店をめぐる企画や、

商店の中に別の店を誘致して期間限定で営業してもらい、それぞれのお店を目的訪れるお客さんをもう片方のお店へ誘致する「観音寺ship in shop」プロジェクトなど、周囲の人々と協力しながら多くのイベントに関わっています。

 

店を受け継いでいくことはお店を守ること。店は街がなければ始まりません。

孝幸さんたちの企画が観音寺の街が新たな一面を創っていくのを、これからも見つめたいと思います。

 

満久屋豊浦商店さんのホームページはコチラです。

 

ハスイ