TOPICS

サヌキノススメ第8回 その4『村井重友石材店と庵治石(庵治産地石製品)について』

 

■庵治石とは

 

庵治石は高松市庵治町、牟礼町にまたがる五剣山(ごけんざん)の山麓で採れる石です。

国内で採れる石なかでも最高級とされています。

また、「庵治産地石製品」として香川県の伝統的工芸品の指定を受けています。

 

種類としては、自然石の火成岩に分類され、さらに細かく分類すると深成岩(※マグマがゆっくりと冷えることでできる)の花崗岩(かこうがん)にあたるのが庵治石です。

花崗岩は石材にすると「御影石」(みかげいし)とも呼ばれます。花崗岩が産出された兵庫県神戸市の地名「御影」が由来です。

日本では御影という名との実際に産出される地名がついた「○○御影」という石材もあります。

地域ごとの特徴はもちろんありますが、花崗岩は全国各地だけでなく世界に産地がある、岩石としては一般的なものです。

 

石はさまざまな鉱物が結晶になったもの。

花崗岩自体も固くて風化に強いとされていますが、庵治石は一般的な花崗岩よりも一つ一つの結晶が小さく、 結晶同士の結合も緻密です。

花崗岩を構成している鉱物ごとに温度などによる膨張率が違っているため、

結晶のあいだにすき間ができ、それが風化がはじまる原因になりますが、

庵治石は結晶そのものが小さく、結合が緻密なことから膨張などによる経年変化が少なく、永く美しい姿を保つことができるのです。

ノミが立ちにくいですが、そのぶん文字を彫るとよく映えます。

そして結晶が緻密なために、磨けば磨くほどに艶が出て、研磨だけで光沢があらわれます。

 

 

庵治石の特徴はその独特な色合いにもあります。

黒い斑点のような模様が浮き出て見える、 「斑(ふ)が浮く」という現象が庵治石の一部に見られます。

この黒い斑点は、 庵治石をはじめとした花崗岩一般に含まれている「黒雲母」という鉱物の集合体といわれています。

しかしこれがなぜ庵治石だけに発生したのか確固たる理由は不明という、ミステリアスな部分も庵治石にはあります。

 

■庵治石の種類

 

庵治石は採石される前から傷が多い石です。

原石の段階で目で見える部分に傷がある場合もあれば、 大きな原石から小さく石材へと切り出してからだったり、加工業者が加工を始めてから傷が見つかる場合も珍しくありません。

そのため、採石される庵治石のうち墓石にまで加工されるのは約3%。

お肉で例えると、霜降り部分が墓石です。

墓石はブロックごとに分かれるにせよ、1ブロックが大きいためになおさら取りにくくなっています。

傷がないことはもちろん、きめ細やかで滑らかな石肌であるか、色や模様が均等であるか、

石英のかたまりである白い線が入っていないか(ここから劣化しやすいため)を目で確認しながら作業が進みます。

耐久性と美しさが求められる墓石。大変高価な理由はここにあります。

 

 

庵治石はランクによる種類分けがされています。

最高級とされるのは「細目」の超特で、次いで特、並。

そして「中細目」の特、並。

「中目」の特、並。

さび石の庭石、玉石、皮石とつづきます。

墓石にできなかった庵治石は、傷の部分を削って彫刻(仏像や置き物など)に加工したり、

敷石などの建築用材、さらに細かく砕いて小石や砂利は土木関連に使われます。

無駄なく、それぞれの役割を持って庵治石は使われています。

 

■「庵治石」の由来

 

なぜ庵治町と牟礼町で採れるのに「庵治」石なのかというと、

庵治は瀬戸内海に突き出たような場所にあり、 交易の拠点となる庵治港から県外各地へ石が運ばれていました。

「庵治港から来た石」というわけで、庵治石と呼ばれるようになったというのが1つ。

また、現在のように重機がなかった時代に、

庵治の海側から石を切り出していたのも理由だそうです。

 

■庵治石の歴史

 

庵治石に関する一番古い記録は、平安時代後期(1130年代)

京都の岩清水八幡宮の宝殿などの再興に、庵治石が石材として使われたそうです。

 

本格的に採掘がはじまったのは天正時代(1573年ごろ〜)

大阪城の改修や高松城(玉藻城)の築城に使われたといわれています。

 

1814年の屋島東照宮の造営のとき、原産地での庵治石加工が本格化します。

石工の数が足りなかったため、和泉(今の大阪府)の石工職人を呼び寄せ、

仕事が終わった和泉の石工職人たちは庵治、牟礼に住み着き、石材業をはじめました。

 

記録によると、明治12年(1879年)は庵治産地の石材業者が37軒。

昭和元年(1925年)は90軒。

昭和34年(1957年)は122軒。

昭和58年(1983年)は358軒。

平成7年(1995年)は282軒。

現在も約300軒の石材業者(採石、加工含めて)が存在しています。

 

■村井重友石材店について

 

村井重友石材店さんは約50年ほど前にできた会社。

創業者の重友さんは元々は農家さんでしたが、当時、庵治石の加工や販売が盛んだったこともあってその道を志し、牟礼の坂本石芸社さんに修行へ出ます。

そして独立して創業し、今は重友さんの息子・村井一信さんが取締役です。

ちなみに村井重友さんは庵治産地石製品の伝統工芸士にも認定されています。

 

なかでも仏像彫刻を得意としており、四国88ヶ所霊場の全てに少なくとも1体は仏像、お地蔵さまを寄付しているそうです。

 

 

また、毎年夏に行われている「むれ源平石あかりロード」でも石あかり(石でできた照明器具)を製作し、来場者を楽しませています。

上の画像は庵治石のトイレを模した作品です。中に照明が仕込まれています。

 

 

■庵治石が使われている建造物

 

上の画像は男木島の男木灯台です。

国内でも珍しい石造りの灯台で、現在も利用されています。潮風にさらされて一部が酸化し、茶色になっていますが、灯台が立てられたのは1895年(明治28年)。

およそ120年ものあいだ、瀬戸内海を行き交う多くの船の道しるべになっています。

 

ほか、道後温泉本館 皇室専用「又新殿(ゆうしんでん)」の浴槽、

新首相官邸の石庭、

香川県庁の受付机、

高松城(玉藻城)の石垣などに庵治石が使われています。

 

 

■「庵治石」の商品ができるまで

 

庵治町、牟礼町にまたがる「五剣山」の丁場から採石されます。

ちなみに丁場とは職人の作業場という意味合いがあります。なかでも一番大きな丁場が「大丁場(おおちょうば)」です。

高松の屋島などからも見ることができる五剣山。

庵治石が採石できる部分の40%が目で見えていて、まだ60%は地中に埋まっているそうです。

 

採石を専門にしている業者、もしくは採石から加工まで一連して行うことができる一部の大手業者が 山から原石を切り出しています。

派手な爆破を思いかべる方もいると思いますが、

最近は騒音問題や危険性などの考慮して大きな爆発はありません。

石目(石が割れやすい方向)を見極めてキズが少ない部分を選び、それによって火薬の量を決めて発破します。

 

それからさらに「大割」「小割」と大きさを小さくしながら注文に合わせた寸法に合わせて割り、

加工場あるいは加工会社に運びます。

 

 

ダイヤモンドの粒子がついた刃で切断していきます。

水を噴射しながら刃が動いているのは、 摩擦で火がおきないようにするためと、削ったことによる細かい粉が飛び散らないようにするためです。

刃の大きさには種類があり、加工する物の大きさに合わせて使い分けます。

 

 

次に研磨していきます。

コンピューター制御された研磨機を使う場合でも、石を平坦にセットしなければ研磨にムラが出ます。

動いた分だけ損になります。

 

 

次いで、手動で研磨します。

砥石を徐々に細かいものに変えながら、石に艶をだしていきます。1面に約10分〜20分かかるそうです。

手の感触と見づらい視界のなか状態を確認しながら行う、まるで刀を研ぐような職人の技です。

こちらも水を噴射しながらの作業です。

磨いた直後はヤケドするくらい熱いのだとか。

 

 

硬く、粘りがあるといわれる庵治石。

機械も使いながら、時には昔から使われてきた道具の槌やノミを使って加工していきます。

槌(ハンマー)の重さは約2キロあり、とても重いですが、石を打った時の跳ね返りの反動を活かして繰り返し打ち付けます。

これらのどの作業にも共通しているのが、職人の目と手が必須であることです。

自然物である庵治石にはひとつとして同じ物がなく、経験が物をいいます。

時間と丹精こめて最後の加工作業にようやく至っても、

そこで初めてキズや問題が見えることもあるため、 それでも折れずに向かい合える辛抱強さも必要だと感じました。

 

■庵治石のこれから

 

庵治石から新たな可能性は見出したい。

石屋の技を磨きたい。もっとたくさんの人に庵治石を知ってもらいたい。

そんな 想いを石屋さんや地元の人達などが具現化して、庵治石は様々なイベントやプロジェクトが動いています。

 

庵治石は採石から加工、物流までを産地が担っている全国的にも貴重な石です。

だからこそ産地で切磋琢磨しながら商品化が実現できます。

 

「AJI PROJECT(アジプロジェクト)」は 牟礼庵治商工会さんも関わりあいながら、デザイナーさんと庵治牟礼の石屋さんの有志で育てられているプロジェクトです。

デザイナーさんのアイデア、もしくはプロジェクトに参加している石屋さんからのアイデアをデザイナーさんがチェックして、修正案を元に微妙な調整をしながら何度も作りなおして完成にこぎつけています。

平成21年から牟礼庵治商工会さん主導で始まり、平成24年に本格的に活動を開始。

この数年で国内だけでなく海外への販路も開拓しており、庵治石の特性を活かした商品のバリエーションも着実に増やしています。

 

AJI PROJECTのほかにも、国の伝統的工芸品にも指定されている香川漆器。その漆と庵治石をコラボレーションさせた商品の製作や、

庵治牟礼への認知度をあげて外から来てもらうための取り組みとして、庵治牟礼を舞台に石工を主人公にした実写映画の製作、

庵治石の石工を主人公にし、

実際に本物の石工さんも関わっているご当地ヒーロー「石匠庵神レムジア」の活動などが挙げられます。

 

 

レムジアは石工さんだけでなく、デザイナーさんなどのたくさんのスタッフと支援者の協力で作り上げられています。

衣装や小道具、ショーの台本、音響などすべて自分たちで行い、子どもたちに夢を与えるだけでなく、

庵治石について広く知ってもらうための大きなきっかけになっています。

画像はレムジアたちにサン・クラッケの「1日宣伝ヒーロー」として来てもらったときのものです。

 

 

「サヌキノススメ見学会」での村井重友石材店さんの見学のほか、

同時期に店頭で行った「サヌキノ工芸展」で庵治産地石製品の特集をするにあたって、たくさんの石材店さん、また庵治石に関わる方々のご協力をいただきました。

 

庵治石の業界もとても広く、業者さんや個人ごとに様々な分野がで挑戦されているのですが、

通じて思うのは皆さん庵治石を未来に繋げるために活動しているということでした。

素人ではとても気づかないだろう僅かな傷を残しておくと、10年経ってからダメになります。

庵治石そのものの品質を保つためにも、信頼して買ってくれたお客さんのためにも、妥協はしない。

しかし高い品質のぶん、実際に高価なイメージが定着している庵治石を未来に残していくためにはどうしたらいいのか。

課題は多いと思いますが、現在進行形で動いている方達がたくさんいることは大きな希望だと感じます。

庵治石や石そのものの力をこれからどんな風に見せてくれるのか、とても楽しみです。

 

 

大丁場の採石業者で作る「庵治大丁場 石の会」さんのHPはコチラ

「AJI PROJECT」さんのHPはコチラ

「石匠庵神レムジア」さんのHPはコチラです!

 

 

ハスイ