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サヌキノススメ第8回 その5『徳栄堂とたんきり飴について』

 

■徳栄堂のはじまり

 

 

徳栄堂は明治5年(1872年)ごろに創業。創業から現在まで143年ほど経ちます。

今は4代目・徳田安生さんが後を継いでいます。

 

創業者は安生さんの曽祖父。

やり手の経営者として名を知られており、仏生山から栗林まで馬車を走らせるなど地域おこしにも積極的でした。

また、当時はお菓子屋というより駄菓子屋だったのだとか。

住み込みのせんべい職人さんがいて、

アルミの蓋付きの瓶にせんべい、あめ、かりんとうなどを入れて、量り売りしていたそうです。

2代目は安生さんの祖父が継ぎ、3代目は11人兄弟の5男だった安生さんの父親が継ぎました。

 

安生さんがお菓子作りを始めたのは21歳のときでした。

高校卒業後、別の仕事をしていましたが、車を買ってくれるという条件につられて修行を始めます。

最初のきっかけは車だったかもしれませんが、あれから何十年と経ち、商品開発と昔ながらの看板商品を作りつづけながら朝から晩まで休みなく働いています。

 

以前は仏生山の本町通り(お成り街道、殿様街道)に店舗がありましたが、十数年前に現在の場所に移転。

店舗と作業場が同じ建物内にあります。

 

 

■たんきり飴について

 

 

仏生山にある法然寺。

創建1668年の歴史あるお寺で、高松松平家の菩提寺でもあります。

その法然寺の8代上人(住職)が風邪を引き、痰(たん)が切れないでいたときに仏生山の飴屋さんがとある飴を作ったそうです。

当時の飴というのは、水飴と大豆の粉を主にして薬味としてショウガを利かせたもの。

それを食べた住職さんの痰が本当に切れたことが、たんきり飴の始まりでした。

以後、「たんきり飴」は特定のお菓子屋さんのお菓子というより、仏生山のお菓子として親しまれるようになります。

 

現在、仏生山でたんきり飴を作っているのは徳栄堂さんのみ。

少し前まではほかに2軒のお菓子屋さんがたんきり飴を作っていましたが、廃業してしまいました。

ちなみに、徳栄堂さんでは創業時からたんきり飴を作っています。

 

出典:徳栄堂 たんきり飴のパッケージより

 

 

■たんきり飴の作り方 〜徳栄堂編〜

 

材料は水飴、麦芽飴、大豆(香川県)、中双糖、希少糖含有シロップ、しょうが、ゴマ。

くわしい作り方や配合は企業秘密なのでおおかまかご説明します。

 

 

鍋(打出し銅器)に水飴をつくり、その中に細かく刻んだしょうがとゴマを入れて煮立たせます。

作業机にゴザ、その上に大豆の粉を広げて鍋から生地を落とします。

 

 

固まらないうちに生地を細長くのばし、球断機(きゅうだんき)に合う大きさにします。

 

 

球断機にのせた生地を上蓋で挟んで、手前から自分の体のほうへと何度も動かします。

上蓋を押し付けすぎず、素早く動かすことがコツだそう。

すると球体になった生地が大豆の粉の上に転がり出てくるので、それを平らにして食べやすい大きさにします。

 

 

最初は熱い生地もすぐに冷えて固まってしまうため、時間との勝負です。

完成したたんきり飴は割れやすいため、ひとつひとつ手作業でパッケージに詰めていきます。

1回で約1000枚のたんきり飴が完成します。

 

 

■仏生山(ぶっしょうざん)について

 

仏生山は法然寺の門前町(大きなお寺や神社を中心に形成された町)として発展してきました。

法然寺を詣でる観光客に向けて、宿場や商業、娯楽施設が集まり、その1つの例として大衆劇場も数軒あったといいます。

高松松平藩のお殿様たちが法然寺を参拝するときに通ったのが本町通り。

その別名がお成り街道、殿様街道です。

 

現在もその通りは残っており、創業200年以上のお酢とソースでおなじみの「神崎屋」さんや、江戸時代から続く呉服店の店舗をリノベーションしたサンドイッチ中心のお店「天満屋」といった町家も現存。

ほかにもカフェや、県内でも珍しい大衆劇場、掛け流しの「仏生山温泉」も注目を集めており、

懐かしさと新しさが混じった地域になっています。

 

また、毎年秋になると高松松平家の法然寺参拝を模した大名行列が本町通りを歩きます。

1995年から始まった「仏生山大名行列」は多くのお客さんを集める一大イベントです。

 

 

■徳栄堂のこれから

 

自現在の作業場と併設した店舗ではなく独立したお店を持ったうえで、自分が思う「完全なお菓子」を形にして並べることが目標の徳田さん。

昨年発売した「おまきちゃん(奉公さん)どら焼き」など新しい商品作りにも余年がありませんが、

たんきり飴をはじめとした昔から続くお菓子も地元の方に愛され続けています。

たんきり飴作りの体験は仏生山小学校のふるさと学習の一貫として毎年行っているほか、

予約をすれば徳栄堂さんで行うこともでき、地元に根ざしたお菓子「たんきり飴」の幅広い周知に一役買っています。

 

 

時間帯でパートさんを雇っているとはいえ、ご夫婦2人での作業がとても多い徳栄堂さん。

お菓子を作るだけではなく、時には商品のパッケージ入れまで自分たちで行い、各取引先への配達も行っています。

そんな多忙な毎日のなかでも新しい商品を生み出す気力には驚かされるばかりです。

徳田さんが目指す「完全なお菓子」作りへの道のりは長いかもしれませんが、

はつらつとしていてお話し好きなご夫婦が作るお菓子は、お二人の努力で着実にファンを増やしています。

今年は徳栄堂さんのどんなお菓子に出会えるのか、ワクワクしながら待ちたいと思います!

 

徳栄堂さんのたんきり飴はサン・クラッケのオンラインショップでもお買い求めいただけます。

くわしくはコチラまで

 

 

ハスイ