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張子虎 田井民芸

創業は明治初年、約150年の歴史がある田井民芸さんにお邪魔してきました。

現在は五代目にあたる艶子さんが物づくりをしています。

 

手に持っているのは一番大きいジャンボサイズの張子虎。

完成までに1ヶ月掛かるという代物。

 

木型に何枚もの古紙をはりつけ、乾燥させて木型を抜けば上の写真のような

状態になります。この古紙、実は新聞紙ではないのです。

艶子さんが持ているものは文政時代(1820年代)の家計簿。

 

昔の和紙は非常に質が良く、滑らかで丈夫。張子虎には無くてはならない材料の一つです。

屋根裏には買い込んだ古書がぎっしり。

 

、、、そして完成すればこんなお姿に。

雄々しいです。カッコいいです。お茶目です。

 

艶子さんの物作りへのこだわりは、昔ながらの材料&製法で

昔と変わらぬ絵付けをする事と教えて頂きました。

色付けひとつ取ってもアクリル絵具のほうが楽ですが、使うのは顔料です。

色の種類も豊富ではないので、自分で配合し作る必要があります。

また顔料だけでは、色が定着しない(はがれ落ちる)のでニカワ(接着剤のような役目)も必要。

本当に多くの工程と手間暇を掛け、一つの商品が出来上がっていきます。

 

おのずと使う側も愛着が沸き、大事にしたくなりますよね。

ジャンボサイズはございませんが店頭でも田井民芸さんの張子虎、販売しております!

是非ご来店下さい。

やました

 

遊びの達人 夢中庵さん

木彫工房「夢中庵」さんにお邪魔しました。

欄間彫刻や漆など多彩な物作りをする瀧川さん。

 

下は欄間彫刻の技法、浮かし彫り。立体かつ写実的。

 

下はお皿。輪が割れている部分に補強に「ちぎり」が入っています。

瀧川さんの「ちぎり」は特徴的で、蝶の姿をしています。

先端が細くなり加工に手間が掛かるため、実は難しいそうです。

 

材料は肥松、讃岐彫り(地紋彫)を使用した輪花干菓子盆となります。

地紋彫とは、比例均衡して成り立つ模様の事です。見難いですが中心がそう。

 

打合せ後、瀧川さんの東屋にもお邪魔させて頂きました。

たき火のシーズンになると、気に入った仲間とお酒を酌み交わすそうです。

小屋の横は清水が流れており、蝉とせせらぎの音が何とも言えませんでした。

 

そして全てお手製の石釜。

約7ヶ月の時間を費やし、完成したというもの。

定期的にピザなどを焼き、パーティも開催するとか。

 

そして次は五右衛門風呂を作る計画。

夢は膨らみます。

 

西植田の夕暮れは何とも言えず、哀愁をさそいます。

 

瀧川さんの作品は近日取り扱う予定。

上記、輪花干菓子盆の紹介を致します。

やました

張子虎 三宅人形店

もともとは張子虎は大阪からもたらされたものだそうです。

その昔、参勤交代があった時代に仁尾港は上方への海運の拠点となっていて、

その由縁により関西の張子技術が讃岐に伝わったとされます。

昭和40年代にはまだ、仁尾(三豊)〜関西の職人の行き来がありました。

その頃は10人程の職人さんがいたそうです。

 

しかし今では讃岐で張子虎の職人さんは2人だけ。

今回はその中のお一人、三宅人形店にお邪魔しました。

 

明治30年創業の三宅人形店。

100年以上の歴史があります。

 

少し仕事を見せて頂きました。

型(木製)に濡らした古書を貼っていきます。

大きいものを作る際は古書を20枚近く使うそうです。

 

和紙を塗る際の「のり」は小麦粉を溶かしたもの。

これが一番、具合が良いとの事。

 

そして軒先で乾かし、

 

特製の窯で乾燥させ、型から和紙を外します。

 

これは型を抜く前の状態。

完全に密着しています。

 

切れ込みを入れ、型から外した状態。

ここから先はタイミングが合わず拝見できませんでしたが、

この後ニカワを加えた胡粉(貝殻からできたもの、簡単に言えば白い絵の具)を塗り、

更に顔料を用い彩色を行っていきます。

 

三宅さんのこだわりは、材料も作業も手を抜かないこと。

それは、すくすく育つ子どもの為を願っての事だと教えて頂きました。

たしかに細部に至るまで、丁寧な仕上がりになっています。

7日(土)より店頭にて販売します。

やました