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たかまつ食と文化のフェスタinサンポート高松

5月31日(土)6月1日(日)にサンポートで開催されるイベント

食と文化のフェスタにサン・クラッケのブースが出店する事になりました。

当日は朝倉彫刻店さんの『マイ箸作り』・田井民芸さんの『張子虎の絵付け』

体験がありますよ!!

 

まずは、田井民芸さんの張子虎の絵付け。

胡粉を塗った、白無地の首振り(豆小サイズ)の張子に絵付けをします。

自由な絵付けでオリジナル張子を作りをします。

■ 講師:田井民芸 田井艶子さん(伝統工芸士)
■ 開催日時:2014年5月31日(土)10:00〜約40分程度

6月1日(日)10:00〜

サンポート高松・デックスガレリアにて
■ 参加料(材料費含む): ¥1500
■ 対象者: 全年齢対象(小学校低学年以下の場合は親子同伴)
■ 先着順受付で、張子の型がなくなり次第終了となります。

 

そしてそして、『朝倉彫刻店さん』のマイ箸づくり。

この機会に、本当に手にあったお箸を見つけてみませんか!!

朝倉さんが手の大きさなどをはかり、ちょうど良い

お箸を選んでくれますよ。

また、ボールペンをお買い上げの方は、イニシャルも

彫ってもらえます!!

■講師:朝倉彫刻店 彫刻士 朝倉準一さん

■ 開催日時:2014年5月31日(土)10:00〜約30分程度

6月1日(日)10:00〜

マイ箸作り¥1000

サンポート高松・デックスガレリアにて

 

 

5月25日玉子焼イベント!!

打ち出し銅器を使ったたまごやきイベント!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

サン・クラッケでも毎日お弁当に入っている

学さんの愛情が入った俺のたまご焼!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

伝統工芸士:大山さんの玉子焼器!!

修理しながら大事につかっている道具。

サン・クラッケの2階でも大山さんの

打ち出し銅器を展示販売してますので

是非、見に来て下さいませ。

 

 

【ラジオ】サヌキノススメ in タカマツシティリミッツ 第1回(4月22日放送分)

 

FM815(FM高松)で毎週火曜日に生放送されている「タカマツシティリミッツ」

 

4月から第4火曜日の放送内で「サヌキノススメ」コーナーがはじまりました♫

 

毎月行うサヌキノススメ見学会の内容に沿いながら、香川の県産品について楽しくお話しします。

 

第1回は4月22日に生放送されました。

 

初回ということで、サン・クラッケとはどんなお店なのか。

4月からの新企画「サヌキノススメ」とは。

4月に行なったサヌキノススメ見学会についてなど、内容もりだくさん!

岩部保多織本舗さんと入船醤油醸造場さんを訪ねたサヌキノススメ見学会の音源も。

 

サン・クラッケからは店長とハスイが出演しました。

聞き逃した方は下記をクリック!で聞けます。

(約30分のコーナーを4分割しております)

 

 

サヌキノススメinシティリミッツ 第1回(4月22日放送分)その1

 

 

サヌキノススメinシティリミッツ 第1回(4月22日放送分)その2

 

 

サヌキノススメinシティリミッツ 第1回(4月22日放送分)その3

 

 

サヌキノススメinシティリミッツ 第1回(4月22日放送分)その4

 

 

サヌキノススメ第1回 その5『お醤油づくりと入船醤油醸造場について』

 

「サヌキノススメ」見学会の模様は、こちらのブログをご覧ください。

 

つくり方については、入船醤油醸造場さんを参考にさせて頂いています。

 

 

 

■醤油のつくり方① 原材料処理

 

大豆、小麦、塩。この3つが醤油の主原料です。

大豆は水分を十分吸わせて、水を抜いたあとに蒸します。

 

小麦は温度をかけて水分を飛ばします。

お餅を熱するとふくらむように、小麦もふくらみます。

ふくらんだ小麦は別の機械で細かく割ります。

 

蒸した大豆と炒った小麦を混ぜ、そこに種麹(たねこうじ)も入れます。

それらは麹室(こうじむろ)に入れられ、そして麹(こうじ)になります。

 

(蒸した大豆+炒って細かく砕いた小麦)+種麹 → 麹室に入れられる → 麹になる

 

 

■醤油の作り方② 諸味づくりから完成まで

 

麹に塩(食塩水)を混ぜて仕込むと、諸味(もろみ)になります。

諸味を時間をかけて発酵、熟成させてから圧をかけてしぼり、

不純物を取り除くためにろ過をして、過熱をして殺菌をし、品質検査を経て、醤油は完成します。

 

■入船醤油醸造場のはじまり

 

創業は昭和27年の7月。

現在の社長である入船勝彦さんのお祖父さんが始めました。

お醤油を造りはじめる前は精米業を営んでいましたが、戦後の農地解放で年貢が入らなくなったため、

安定した需要がみこめるお醤油造りに切り替えたとのことです。

 

かつては、醤油、お酢、お酒、味噌など調味料を作っている所が町や村にひとつはあったそうです。

時代が流れ、今では高松市でお醤油を作っているところでさえ少なくなりました。

 

 

■昭和27年創業。新しいお醤油屋さん

 

お醤油屋さんとしては新しい入船醤油さんですが、

先祖代々のお墓には入船さんの屋号「二軒屋」(にけんや)が彫られています。

宮脇町から現在の入船醤油さんがある西宝町まで、二軒しか家が無かったのが由来だそうです。

そのくらい長い間、今も昔も同じ土地で生活をしているんですね。

 

■入船醤油醸造場の特徴

 

大きな特徴は、原材料処理から行っているということです。

醸造組合からお醤油を仕入れて、自社の味付けをすることで完成というお醤油屋さんは少なくありません。

ですが、入船醤油さんでは大豆、小麦の加工も自社で行っています。

また、お醤油作りの初め(原材料処理)から最後のラベル貼りや包装作業まで、

現在はご夫婦2人でこなしています。

 

■入船醤油の原材料

 

小麦は香川産の「さぬきの夢」

できる限り香川のものを使いたいと勝彦さんはおっしゃっていましたが、

大豆はそうもいかず、カナダ産の大豆を使用しています。

 

醤油づくりの重要な要素を締める塩は、愛媛に本社を置く伯方塩業の「伯方の塩」

勝彦さんのお父さんと伯方塩業に縁があり、その縁は現在も続いています。

昭和46年頃、塩田での塩作りが国によって全廃され、

化学工業での専売による塩作りをするように、という法ができました。

およそ2年後、自然塩存続を求めた市民運動により条件付きで自然塩での塩作りが認められ、

企業としての「伯方塩業」が発足。

そして“自社の塩を使って事業をしてほしい”という申し出を受ける形で、

勝彦さんのお父さんの代から伯方の塩を使うようになったそうです。

 

■お醤油づくりにかかる期間

 

大手企業の場合、最短6ヶ月ほどでお醤油は完成します。

ですが入船醤油さんのような個人企業の場合は、短くても1年半ほどかかります。

諸味に発酵を促す機械などの設備が無く、各工程を省略できないことが大きいそうです。

入船醤油さんの場合だと、諸味が熟成するまでおよそ“ふた夏”かかります。

湿度が高い夏を2回超して、自然の力で熟成していくためです。

 

■種麹について

 

以前は多くのお醤油屋さんが蔵で種麹を作っていたそうですが、入船さんの場合、

麹屋さんから種麹を買ってきています。

創業してから色々な種類の種麹を試してお醤油づくりをしてきて、現在の種麹に辿り着きました。

種麹ひとつをとっても、二種類の種麹を作る醸造場もあれば、

同じ種麹を使っていても醸造場の環境によって発酵の仕方も変わります。

活力の強い菌。弱い菌。どんな原料を使うかによって違いも出てきます。

 

前述したとおり、ひとつのお醤油を作るにはふた夏は必要ですので、

おじいさんの代から時間をかけて、現在の種麹を見つけたのです。

 

■入船醤油の流通

 

サン・クラッケのような小売店に卸している事は現在は少なく、

企業向けに卸したり、個人の消費者と直接のやり取りを行っているそうです。

サン・クラッケではお味見もできます。ぜひお越し下さい。

 

■入船醤油醸造場さんの想い

 

今も昔も、醤油造り自体に大きな変化はありません。

また、個人企業でやれる範囲は限られています。

ですが、昔からある物を使いながら時代の需要に併せて生まれただし醤油「味っ子」を作るなど、

自分たちがやれることをやっていくしかないと、勝彦さんは話しています。

 

 

ハスイ

サヌキノススメ第1回 その4『保多織と岩部保多織本舗について』

 

「サヌキノススメ」見学会の模様は、こちらのブログをご覧ください。

 

 

■保多織とは

 

基本となるのは上下交互に織っていく「平織」です。

保多織は1、2、3回はきちっと平織をします。

重要なポイントになるのが、4回目。

それまで下に織っていた糸を、上に織ります。

 

 

■保多織の特徴

 

上記の織り方をすると糸と糸の間に「すき間」ができます。

これで通気性や吸水性がよくなり、空気を通しやすいのでとても乾きやすく、

夏は涼しく感じることができます。

逆に冬の寒い時期は暖かい空気をすき間にとじこめるので、不思議と冷たくなりません。

凹凸のあるワッフル状に織られているために肌触りも良く、

また、4回目に糸を上にもっていくと、それまで織った糸が押さえつけられるため、丈夫な織物になります。

↑上部分が保多織の技法で。下部分が平織の技法で織られています。

 

 

■保多織の名前の由来

 

保多織(ぼたおり)には「多年を保つ」という意味合いがあります。

多く年月を耐えられる丈夫な織物。

そしてこれからの未来にも受け継がれ、使われていく織物になるようにと願いが込められていると、

岩部保多織本舗社長・岩部卓雄さんがお話してくださいました。

 

■保多織のはじまり

 

高松藩主・松平頼重公が幕府お抱えの京都の織物師、北川伊兵衛常吉に新しい織物の開発を命じ、

伊兵衛は3年をかけて保多織の技法を編みだしました。

これが保多織の始まりです。

伊兵衛は元禄2年に讃岐に居たという年譜が法然寺(仏生山)に残っています。

 

■保多織のうつりかわり

 

元々、献上品として保多織は生み出されました。

絹で織られてたいへん高価なうえに、位のある方々が着るための由緒ある織物でした。

保多織が庶民に広まったのは、徳川幕府の時代が終わり、明治に入ってからのこと。

それまで上流階級の人達が着ていたものを庶民が着るのはいかがなものかという意見もあったそうですが、

時代の流れもあり、現在の主流になっている綿を使った織物に発展しました。

 

■「岩部保多織本舗」の創業

 

現在の社長・岩部卓雄(たかお)さんのひいおじいさんにあたる岩部恒次郎(つねじろう)さんと

北川家7代目の方が協力をして、明治19年に創業しました。

岩部家は京都の北川家と姻戚関係にありました。

現在の社長、卓雄さんは19歳のとき、さぬき市長尾で小さな工場をしていた小谷さんに保多織を学びに行っていたとのこと。

保多織の工房は、以前は県内にいくつかあり、それを岩部家が取りまとめていた立場だったそうです。

 

■現在の保多織

 

今は主に、林町の工場で保多織は作られています。

工場のスタッフは3人。工場長、工場長のお母さん、そして岩部卓雄さんの次男です。

工場では自動織機(じどうしょっき)という機械で動く織機を使っています。

機械で織るからといって簡単ではありません。

気候や糸の太さ等によって糸の張り具合が違ってくるうえ、自動織機によってもクセがあるそうです。

ですが職人さんたちは自動織機の音で具合を聞き分けることができます。

 

■自動織機と手織り機

 

リズムをつかむまでに時間がかかりますが、

調子が出てくると糸の張り具合を確かめながらの作業は楽なのだそうです。

自動織機で織る前に少し試し織りをしたいときにも便利なため、

自動織機と手織り機を使い分けています。

 

■手織り機と出張出店

 

保多織の良さを1人でも多くの人に知ってもらうため、県内外問わず出張出店しています。

織り方の実演ができるように上下に分断して段ボールに詰められる織り機が

岩部保多織本舗さんの店舗に置いてありますが、それは卓雄さんとそのご友人とで作ったものです。

 

■保多織の商品

 

保多織の持つ特性(通気性や肌触りの良さなど)から、直接肌に触れる商品が多く取り扱われています。

男性用、女性用のシャツ、ズボンやワンピース。シーツやまくらカバー。

ハンカチや手ぬぐい、小物を入れられる巾着やお財布など。

シャツは襟の形が豊富で、まったく同じ色、形のものがないのではないかと思うほどでした。

 

■岩部保多織本舗さんの想い

 

お殿様たちの織物だった保多織が庶民の織物になったように、

庶民の服が着物が洋服へと変わったように、

時の流れによる生活の変化は織物にも関わっていきます。

1人でも多くの人に保多織を実際に触って、着て、使ってもらって、その良さを広めていきたいと、

卓雄さんは話しています。

 

★岩部保多織本舗さまのホームページはこちら

 

 

ハスイ