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サヌキノススメ第11回 その2『漆の家〜男木島散策〜オンバファクトリー』

 

ではでは、見学会の午後のプランのスタートです!

 

男木島に来ている以上、

いつかどこかで出会うだろうと思っていたら、漆の家に向かう途中で大量に遭遇しました。

 

 

猫です!

おそらく島テーブルで買ったさざえご飯の匂いもあるんでしょう、わらわらとやって来ました〜。

 

 

NHKさんの猫番組でも取材が来たことがあるくらい男木島には猫がたーくさん。

ぶらぶらしていてもどこかで見かけると思いますが、猫スポットはいくつかあります。

島の東側へ海沿いに行くとご一行様に会えるかもしれません。

 

 

猫の世界にもありますよね、縄張りやら、上下関係やら・・・。

 

参加者さんたちは手持ちの食べ物をあげつつ、写メにいそしんでおりました。

そうして猫の可愛さに癒やされたのもつかの間。

 

 

またもや坂です!

写真に写っているのはスタッフですが、

撮影している私はもっとしんどそうな顔をしていたに違いありません。

なまった体にムチ入れて、一歩一歩進みます。

 

 

「漆の家」目指して、ひたすらに、上ります。

今回はあえてこの坂道ですが、こちらよりは傾斜が低い道や近道もありますのでご心配なく!

 

それはもう大変な上り坂を超えたあとにはご褒美が!

 

 

絶景です!周囲が開けているここからだと島の風景と海が一望できます。

お天気もよくて本当によかったですね。

この景色があるので大島さんがご案内してくれました。

 

 

そうして到着しました、漆の家!

 

こちらも瀬戸内国際芸術祭の作品のひとつで、2010年の第1回開催にあわせて作られました。

芸術祭の会期外はほとんど閉館しているのですが、今回は特別に開けてもらっています。

漆の家プロジェクトさんありがとうございました!

 

当日、漆の家を案内してくださったのは漆の家プロジェクトのメンバー、漆芸家の佐々木博さんと小笠原幹さんです。

 

 

そもそも「漆の家」とは名前の通り、漆を塗った家屋です。

家にまるごと漆、です。スケールが大きいですよね!

 

漆を塗ったものといえば、器や座卓といった生活用品もしくは装飾品、美術品が一般的かと思います。

ですが漆をもっと幅広い人に知ってもらい、親しんでほしいとの想いから、

漆芸家さんや建築家さん、大工さんといったメンバーと島民の方たちのサポートで作り上げられました。

ちなみに使われた家屋は、発起人の1人である漆芸家・大谷早人さんのご実家だったお宅です。

 

家はいくつかの部屋にわかれていて、まずは「黒い部屋」を見学!

 

 

いろいろな漆を塗っては乾かし(正確に言うと固めて)、塗っては乾かしを何度となく繰り返し、

仕上げに出来上がった漆の層を削ることでさまざまな色を出す「彫漆(ちょうしつ)」という技法が使われているお部屋になります。

壁面はパネル式になっていて、自宅などで塗ってから組み立てました。

イメージは「夜空」でしたが、雪やホタルを思い浮かべるお客さんも多いそうで、自由に連想してもらえればとのこと。

 

2010年の芸術祭会期中には、訪れたお客さんに壁を削って漆の「星」を刻んでもらうイベントが行われました。

黒い漆を慎重に削っていって鮮やかなグリーンがあらわれたとき、お客さんの胸にもこの思い出が鮮烈に刻まれたんじゃないかなと思います。

 

 

壁だけでなく、柱も、天井にも漆が!

和紙に漆を塗ってあとで貼ったそうです。

 

使い込むうちに色合いが変化して味わいがでてくるのも漆の特徴のひとつ。

数年後、数十年後と、どう移り変わっていくのかも「漆の家」の見どころですね。

 

 

続きまして、靴を脱いでお隣の「白い部屋」へ。

もちろん白い壁面も漆です!

床も同じ白色なのですが、漆の上に立つなんて体験なかなかできませんよ・・・!

 

 

引き戸を開けると、目に飛び込んでくるのは白に映える赤色。

薄く細く木をスライスしたものに漆を塗って、編みこんでいったもので、夕日に染まった瀬戸内海がイメージだそうです。

 

実は上の画像にあるのとは別の柄も、反対側に隠されております!

そちらはぜひ足を運んで見てみてくださいね。

 

 

黒い部屋、白い部屋を出て、お隣の家屋に入ります〜。

 

 

壁にはめ込まれた丸い模様の部分は、国の伝統的工芸品に指定されている香川漆器の5技法でそれぞれ塗られています。

塗りの違いは見た目以上にさわってもらうことで分かります。

参加者さんも通りざまにペタペタ。

 

 

大谷さんが使っていた「室(むろ)」も展示されています。

室は漆器作りに今も欠かせないもの。

この室のなかに塗った漆器を入れて、湿度などに気をつけながら乾燥させていくんですよー。

大なり小なり、漆器屋さんはもちろんのこと、漆芸家さんも多くの方が室をお持ちです。

 

 

モダンな和室で休憩しながら、

佐々木さんからお話をお聞きしたり質問をしたりとおしゃべりタイムです。

 

 

香川県は漆器の産地で、国の伝統的工芸品に指定されているにも関わらず、知名度は高くありません。

さらに全国的にも漆器を使う人は減り続け、それとともに作り手も減少傾向にあります。

 

陸地から離れた島で、漆を塗って家をつくるなんてきっと前代未聞だったはずで、大変なことも多かったと思います。

ですが、家という大きな生活空間で漆を肌身に感じてもらうこと。

その結果、漆に興味を持つきっかけになればという作り手さんたちの想いが「漆の家」に注がれています。

 

 

余談ですがお手洗いの壁面も漆です。どこもかしこも、徹底して漆です。

漆の家に行ったときにはお手洗いにも忘れずお立ち寄りくださいませ。

 

 

大島さんのご案内のおかげで、男木島の伝説や井戸についてなど、

島に住んでいるからこそ分かるお話をたくさん聞くことができました。

 

入り組んだ細い路地をすいすいと先導していただきまして、迷子にならずにすんだことも大島さんのおかげです。

男木島の迷路っぷりは行ったことがある方ならわかってもらえるはずです!

 

 

こちらの「豊玉姫(とよたまひめ)神社」は安産の神様が奉られています。

 

 

ここも高い場所にあるので見晴らし最高!男木港も一望できますね。

 

 

男木を散策して空が橙色に染まり始めたころ、大島さんの本拠地とも呼べる「オンバファクトリー」さんへ。

こちらもお休み中のところご好意で開けていただきました。

大島さん、なにからなにまでありがとうございます。

 

 

 

「オンバ」とは押し車のこと。

坂道が多く、車が通れないくらい細い道も多い男木島では、荷物を運ぶのに欠かせないのがオンバ。

これを島の人のそれぞれの好みの形、大きさなどの希望を聞いて実現させてきたのが「オンバファクトリー」さんです。

瀬戸内国際芸術祭の作品のひとつでしたが、会期終了後もずっと男木島と関わっており、

最近、120番目のオンバを製作したそうです。

 

 

オンバファクトリーさんの展示、カフェスペースとなるこちらにも製作してきたオンバが展示されていますが、

その多くは実際に男木島で使われています。

前回のブログで写真を載せているのですが、さざえご飯を売っていた方が使っているのもオンバファクトリーさん製作のオンバ。

さざえご飯をしまっておけるよう、蓋付き収納オンバです。

 

 

大島さんは高松で産まれ育ちましたが、男木島の出身というわけではありませんでした。

高校生のとき、写真を撮りに男木島に来たのが最初です。

 

 

創作活動を続けていた大島さんは、瀬戸内国際芸術祭の開催をきっかけに再び男木島へ。

そして男木島のおばあちゃんがオンバを押していく姿を見て「かっこいい」と思ったのだそう。

地域に寄り添い、動く作品を作りたいと考えていた大島さんに、オンバはぴったりと当てはまりました。

 

 

高齢化が進む男木島。

その一方で去年の春には21人が移住し、休校していた男木小・中学校が再開しました。

船で通勤する人もいますが、特技やアイデアを持って男木島で働いている人もいます。

また、大島さんも関わる「男木deあそび隊」という男木島のファンサイトに登録して、お祭りや草刈りなどを手伝いながら島の時間を楽しんでいる人もいます。

 

男木島に人を呼ぶきっかけになったのは瀬戸内国際芸術祭の開催が大きいと思います。

しかし、現在まで継続してこういった活動ができているのは、

大島さんをはじめとしたたくさんの人の働きかけや努力、島を離れていても男木島のことが好きな人たちの支えがあってこそだと感じました。

 

 

男木島について知らないことが山のようにたくさんある私ですが、男木島に行くとワクワクして楽しい気持ちになります。

それは今までの見学会で食品や工芸品を作っている生産者さんとお話したり、作業場を見せてもらっているときの気持ちとよく似ています。

知らないことばかりで勉強不足なのを痛感しても、知りたいなぁと思うんですよね。

 

島も、食品も工芸品も、1度や2度説明を聞いたくらいでは全然足りないくらい歴史や工夫を積み重ねて成り立っています。

ですが、その端っこを知ることができたときや、作り手さんの想いに触れたときに、

今まで知らなかったその「物」が 自分に一気に近づいてくる感覚がありました。

それと同じように、見学会の参加者さんやブログを読んでくれる方に、香川県の食品、工芸品、文化をちょっとでも身近に感じてもらって、

手に取るきっかけになれば心から嬉しく思います。

 

2014年4月から毎月1回行ってきた「サヌキノススメ」は、

2015年2月の第11回をもって、一区切りとなります。

ご多忙のなか、ご協力くださいました見学先のみなさん。より道させていただいたお店のみなさん。

毎月1回のラジオコーナーをいっしょに作ってくださったFM815「タカマツシティリミッツ」さん。

数回にわたって記事を掲載してくださったリビングたかまつさん。宣伝してくださったメディアのみなさん。

見学会の参加者さんに、ブログを読んでくれたみなさん。見学会を支えてくれたサン・クラッケのスタッフ。

本当に本当にありがとうございました!

 

今までのブログや動画、ラジオコーナーもリビングたかまつさんの記事はコチラのページからお楽しみください。

 

香川県のことがますます好きなったハスイでした!

1年間ありがとうございました!

 

 

ハスイ

 

サヌキノススメ第11回 その1『高松〜男木島〜男木灯台〜民宿さくら』

 

サン・クラッケで取り扱っている県産品の生産者さんを一般のお客さんと訪ねる

「サヌキノススメ見学会」!

毎月1回、サン・クラッケで取り扱っている食品、工芸品を作っている会社を見学させてもらい、

その内容をブログや動画などでアップ!

ラジオのコーナーも放送して、より香川の県産品を身近に感じてもらおう!!!

 

2014年4月から始まったこの「サヌキノススメ」企画も2015年2月で11回目を迎えました。

今回のブログは今までとは形式を変えて、見学会の1日の流れを追いかけながら書いていきます。

行き先はこちらでした。

 

 

男木島!!

ついに見学会は海へ飛び出しました!とはいっても、もちろん男木島も香川県ですよ。

メインの見学先になったのは男木島にある「漆の家」。

漆の家のほかにも男木島という「島」そのものを楽しんで、知っていただきたいと思います!

 

 

集合場所になったのは高松港です。

太陽に反射して、瀬戸内国際芸術祭の作品の1つである2本の柱「Liminal Air」(大巻伸嗣さん作)が輝いていますね。

前日まで雨の心配がありましたがお天気に恵まれました。

参加者さんのなかに晴れ女、晴れ男がいたとみました!

 

 

女木島、男木島のチケット売り場は大行列!

なんといってもこの時期は男木島の水仙が見ごろです。

瀬戸内国際芸術祭の期間をのぞいて、水仙の時期は男木島の来島者が最も多いそう。

「水仙ウォーク」というイベントも行われていて、そのイベント時は市が出たり、灯台の内部を特別に見られたりするんです。

往復船券やお弁当などがついた企画の定員は満員御礼!すごい人気です・・・!

 

ちなみに女木島、男木島へのチケットカウンターの場所ですが、

高速艇(フェリーより小型だけど早い船のことです)チケット売り場の建物の、外側です。建物のなかではありません。

さらに出港の数十分前にならないと窓口に開きませんのでご注意を。

 

 

赤と白のカラーリングがかわいい「めおん」号に乗って高松港を出発です!

 

 

「めおん」を追いかけるようにカモメがたくさん飛んでいました。

私はデッキ席にいたんですが、カモメはずーっと、ずーーーっとついてきていました。

エサがほしいのかなと思いつつ、出港から20分後に女木島(めぎじま)に到着。

 

女木島を離れてさらに20分後。

 

 

男木島に到着です!

この段々に家が立っているこの景観が男木島の大きな特徴ではないでしょうか。

坂が多くて入り組んでいる男木島の散策は、のちほど。

 

男木島は人口およそ160名。

お仕事などで外に行ったり来たりする方たちをのぞくと、実際にずっと島で生活している方は100名ほどだそうです。

 

 

めおんを降りてすぐ目につくのが、このガラス張りの建物。

「男木島の魂」と名付けられたこちらの男木交流館は、案内所も兼ねております。

 

2010年から始まった瀬戸内国際芸術祭。

岡山、香川の島々を中心に行われるアートのお祭りの、会場のひとつが男木島なんです。

たくさんの国の言語が屋根になっているこの交流館は2010年の第1回開催にあわせて建てられました。

 

 

そして芸術祭の作品のひとつでもあり、芸術祭の会期が終わったあとも男木島で活動している

「オンバファクトリー」の大島さんご夫妻に今回は全面的なご協力をいただいて、見学会を行うことができました!

大島さん、本当にありがとうございます。

 

出迎えてくださった大島さんとごあいさつを交わしたあと、まずは・・・。

 

 

「男木灯台」に向かってひたすら歩きます!

灯台の周辺に水仙が植えられているので、午前中はまず灯台を見たあとに水仙郷へ、というスケジュールでした。

 

 

男木灯台へは男木港から徒歩で約35分。

山の木や海を眺めたり、点々と植わっている水仙をみながら歩いていきます。

 

道が舗装されているとはいえ、島にはアップダウンがつきもの。

運動不足をひしひしと感じながらたどり着きました!

 

 

敷地に入って右手側がお手洗い!おしゃれな作りですね。

つきあたりが男木灯台資料館!もともと灯台守のご家族が住んでいた場所でした。

 

 

そして左手側には「男木灯台」がそびえます!

 

 

石はいろいろな鉱物が集まって出来ています。

庵治石はその目がとても細かいものの、僅かなすき間から水分などを吸うことも。

海に近くて潮風にさらされるこの場所柄、時間をかけてゆっくりと経年変化してきたんですね。

庵治石についてはコチラをご覧ください。

 

 

灯台を管理されてる島民の方に、有人だったときに使われていた双眼鏡を見せていただきました!

 

 

そして灯台の側部にあるこの窓。

開けた先にはセンサーがあって、辺りが暗くなったら感知して灯台に灯りがつくという仕組みとのこと。

 

そうです。今も男木灯台は現役バリバリなのです!

 

 

瀬戸内海を行き交う船は大から小までたくさん。

初めて灯火されてから120年。無人化された今も役目を果たしているんですね。

 

 

水仙郷が広がっている場所までは、灯台からさらに上がります〜。

 

斜面はなかなか急で、あとどれくらい上がれば水仙郷が・・・、と

男木に来てから何度も感じていた運動不足の自分を叱咤しつつ、ようやく!

 

 

一面の水仙と出会えました!!

ここまで上がってきてよかったと思えるくらい、海の景色とあわせて最高でした!

 

 

1100万株あるという男木島の水仙は、島や島外の有志の方たちの手で植えられてきたものです。

何年もかけて増やし、管理されてきた男木の水仙は今、男木島にたくさんのお客さんを呼んでいるんですね。

 

時間の関係でさらに上のほうにある水仙郷までは行けませんでしたが、来年はゆっくり周りたいと思います!

 

 

お昼ごはんを食べるため、来た道を戻っていきます。

個人的に何度か訪れている男木島ですが、改めて見る景色に惹きつけられます。

自分が立っている場所よりも海が高いところにあるように見えて不思議ですね〜。

 

 

男木港で待っていてくれた大島さんと合流し、

予約をしていた料理屋さんへ・・・行く前にちょっと待った!

さざえご飯を売っているじゃありませんかー!

 

男木ではたこつぼ漁や素潜り漁など、漁業をしている島民さんたちがいます。

土日祝日には男木港からすぐの「男木テーブル」で、地元食材でお母さんたちが愛情こめて作ったご飯が買えるかもしれませんよ。

 

 

さざえご飯はお土産にして、着いたのは「民宿さくら」さん。

ご家族で営まれています。

民宿ですのでお泊りもできますが、予約をしてご相談したうえで美味しい料理も食べることができます!

 

 

さくらさんは漁をされていて、その時期ごとに穫れたお魚や自家菜園で育てた無農薬野菜を使ったご飯をいただけちゃいます。

男木島をまるごと味わっちゃいましょう!

 

 

お魚とお野菜たっぷりのこちらのおかずにプラスして、

 

 

たこ飯とお味噌汁がついてきました!

民宿さくらさん名物の「さくら色のたこ飯」とはこちらのことです!

たこ飯はおかわりまでいただいて、お腹いっぱいに。

民宿さくらさん、あたたかなおもてなしと美味しいごはんをありがとうございました。

 

歩き疲れた身体に体力が補充され、元気に午後のプランに突入です!

その2に続きまーす!

 

ハスイ

 

サヌキノススメ第10回 その5『地濱水産と香川の海苔について』

 

■海苔の歴史と香川県の海苔養殖

 

 

海苔については奈良時代(710年ごろ)の書物に記録が残されており、養殖が始まる江戸時代までは天然の海苔のみが収穫されていました。

江戸時代から行われていた養殖も、海苔の生態がよくわかっていなかったために探り探り。

「運草」と呼ばれるほど穫れる量も少なく、高級品とされていました。

転機となったのが昭和24年。

イギリスの海藻学者が海苔の生殖法を発見したことがきっかけで、人の手で海苔を種付けできるようになりました。

 

現代の海苔の養殖方法は「支柱式漁法」「浮き流し漁法」の大きく分けて2つあります。

「支柱式漁法」は支柱を海に立てて柱に海苔網を張り、潮の満ち干きで海面に沈んだり空気にさらされることで栄養を増やします。

「浮き流し漁法」では沖合に張った海苔網を海に沈めます。水深が深い所でも可能な養殖法で、支柱式よりも場所を選びません。

 

香川県では昭和40年ごろまで河口の干潟で海苔養殖をしていましたが、「浮き流し漁法」が確立されたことで養殖場所が増し、飛躍的に生産量を伸ばしています。

平成24年度の調査によると、海苔生産量が全国5位の香川県。

高松市の浜ノ町、庵治町、丸亀市、さぬき市志度、小豆島など、海苔養殖をしている業者さんは100軒以上にのぼります。

■地濱水産について

 

 

「地濱水産」さんは現社長である地濱秀生さんの父親、地濱輝男さんが創業しました。

それまで高松沖で海苔養殖は行われていませんでしたが、ほかの仲間と共に高松市浜ノ町で海苔養殖を始めます。

今でこそ約10軒ある浜ノ町の海苔養殖業者さんの先駆け的存在でした。

 

輝男さんが海苔養殖(浮き流し漁法)を学んだのは今からおよそ50年前。三豊市詫間で海苔養殖をしていた親戚からです。

香川県産の海苔を作りたいという情熱を持って海苔に向き合い、鳥や魚からの防御策といった最新の養殖技術を取り入れるなどして、

輝男さんは今の地濱水産さんの基盤を作り上げました。

 

 

後を継いだのは輝男さんの息子の秀生さん。

小学生のころから海苔の収穫時期にあたる冬休みには仕事を手伝い、中学を卒業してからは本格的に海苔養殖に携わってきました。

独自のアイデアで作業船(海苔の収穫などをする船)を使いやすくしたほか、

地濱水産さんでは5年ほど前から海苔の養殖だけでなく、加工と販売まで一貫して行うようになりました。

そうすることで、獲れたての海苔がより早くお客さんのもとに届けられます。

全てを一貫して行う県内の業者さんは稀少で、地濱水産さんの大きな強みになっています。

 

 

浜ノ町にある地濱水産さんの工場から見える沖合だけでなく、大的場の海水浴場のあたりや下笠居など、

2メートル✕25メートルを1枚として、700〜800枚の網が設置されています。

 

■海苔の出来について

 

その年の海苔の出来は、山から川をつたって海に流れてくる栄養素が豊富かどうか、

台風の到来で海がかきまぜられて栄養が豊かになっているかなど、1年をトータルした天候に左右されます。

海苔養殖は、海に「畑」を作って海苔を育てているような感覚です。

畑に栄養がたっぷりあれば真っ黒で甘い、瀬戸内海ならではの海苔ができあがります。

また、毎日海苔の様子を見てやることで、いち早く異変に気づけるかどうかも大事になってきます。

 

■地濱水産の海苔ができるまで

 

海苔は「藻」の仲間。

いわば菌が海苔の「種」になります。

種を専門に扱う種屋さん(香川県にもあります)に自分たちが使う網を渡して、種をつけてもらいます。

種は顕微鏡で見なければ確認できないくらい小さなもので、広島の牡蠣殻に入れられて育っていきます。

 

網は冷凍保存しておき、海の水温が下がったころ10月中ごろに海に出します。

海苔が2センチほど伸びたら網を海上にすべて引き上げ、乾燥させることで悪い菌を殺菌し、弱い海苔を間引きます。

さらに海苔を再度冷凍することで、そのほかの悪い菌も殺菌します。

 

11月半ばになり、さらに水温が下がってきたらまた網を海へ出して本張りします。

本張りから約15日後、1番海苔ができあがります。

 

昔はハサミで摘み取るなど手作業で収穫していましたが、今は「もぐり船」とよばれる作業船で網ごとすくいあげ、船の上部に設置したバリカンで刈り取っていきます。

 

 

刈り取った海苔はそのまま船にのせられて船着場へ。

大きなタンクに移されたあとゴミが取り除かれたり、細かい細断を経て、収穫の翌日には乾燥機にかけられて海苔になります。

 

1日にできる量は7〜8万枚。

ただし、海苔の収穫時期である冬は風が強いことが多く、その場合は収穫を取りやめます。

 

 

およそ15日周期で海苔は収穫でき、黒い海苔の色が色落ちするまでよくて10回穫れるといわれています。

香川県だと味付け海苔を好む消費者が多いそうで、地濱水産さんでも味付け海苔と焼き海苔を販売しています。

味付けは味付け専門の別業者が行いますが、

地濱水産さんの海苔は厚いのが特徴なので、海苔の風味を残しつつもしっかりとした味付けにできあがるよう、細かな注文をしています。

 

■地濱水産の想い

 

私自身もそうだったように、香川県に住んでいるのに香川が海苔の産地のひとつだということを知らない方はたくさんいます。

まずは香川県民に海苔のことを知ってもらい、消費してもらうことから始め、そこから全国に香川の海苔を広めていきたいと地濱水産さんは考えています。

職人として妥協のないものづくりをする現社長の秀生さんを柱に、奥さんの美保さんが直売所の経営や広報を担います。

ほかの社員さんや同じ浜ノ町で海苔を養殖している仲間とも協力し合い、瀬戸内海で育まれる海苔をこれからも守ってほしいと思うのですが、

そんななか、海が痩せてきたと地濱水産さんたちは話しています。

 

本来ならば黒いはずの海苔。

色落ちが始まって色が薄くなったり緑色になると商品としては出荷できません。

例年12月から3月まで、よくて10回は収穫できる海苔ですが、1月ごろに色落ちが始まることも多く、生産量は毎年減っています。

燃料の高騰で養殖業者さんの数が少なくなったのも起因して、2000年度に9億7900万枚あった生産量は2014年には3億5500枚まで減少。

そこで色落ちの原因を探るべく、地濱水産さんをはじめとした養殖業者さんの働きかけもあって、来年度に環境省が水質調査に乗り出すことになりました。

 

 

甘くて口のなかでとろける食感が独特の新ノリ。

新海苔だけでなく香川の海苔そのものをたくさんの人に味わってもらい、香川県産の海苔を広く知ってもらうためにも、

海の畑である瀬戸内海で何が起きているのかをしっかりと調べてほしいと思います。

 

地濱水産さんのホームページはコチラです。

 

ハスイ

 

 

サヌキノススメ第10回 その4『讃岐かがり手まりと保存会について』

 

■手まりについて

 

古くは平安時代からあった「まり」。

宮中やお城のお姫様といった身分の高い方のための玩具でしたが、江戸時代に庶民に普及しはじめました。

家庭に広まった遊び道具としての手まりは、手に入れられる材料でお母さんやおばあさんが娘、孫のために作ったもの。

全国的に存在していた手まりですが、手まりの芯にそば殻を使ったり、ぜんまい殻を使ったりと、地域の環境ごとの特色があらわれています。

 

「讃岐かがり手まり」の大元になったのは、西讃(香川の西側)地域の手まりです。

江戸時代に讃岐国(現在の香川県)で多く作られていた「讃岐三白(さぬきさんぱく)」と呼ばれる3つの特産品ありました。

3つの白いもの。砂糖、塩、そして綿です。

西讃の三豊市豊浜はかつて「綿の町」と言われるほど綿栽培が盛んで、その土地柄から木綿糸を使った手まりを作っていました。

しかし、当時の手まりについての記録はほとんど残っていません。

手まりは生活にごく身近な遊び道具として、作り方や模様などは家族間で口伝で伝わってきたためです。

明治時代に入り、ゴムまりの普及によって衰退した木綿糸の手まりはそのまま途絶えるのかと思われました。

 

昭和40年(1965年)に開館した讃岐民芸館。

その設立に関わっていたのが荒木計雄(かずお)さんです。

計雄さんは『日常的な暮らしの中で使われてきた手仕事の日用品の中に「用の美」を見出し、活用する』という目的の民藝活動にも熱心で、焼物や漆などを含めた工芸品、民芸品全般を調べていましたが、

地元である西讃に存在していた木綿の手まりのことを知り、その調査と研究にのりだします。

このことが「讃岐かがり手まり」とその作り手である「讃岐かがり手まり保存会」さんの始まりでした。

 

■讃岐かがり手まりについて

 

計雄さんが調査をはじめたころにはすでに手まりを作れる人はいなかったそうです。

記録も残っていないため、人づてに家庭を訪ねたり、民藝運動から繋がった縁で「かがり技法」を学びました。

作り手をつとめたのは計雄さんの奥さんである荒木八重子さん。

愛媛県出身だった八重子さんの地元でも手まりづくりは盛んで、その作り方を子どものころにお母さんから教わっていました。

お2人の試行錯誤とそれを支えてきた方たちの協力で作り上げられた手まりは、

昭和52年(1977年)に「讃岐かがり手まり」と命名され、

10年後の昭和62年(1987年)には香川県の伝統的工芸品の指定を受けます。

その1人目の伝統工芸士には八重子さんが認定されました。

 

■讃岐かがり手まり保存会について

 

「讃岐かがり手まり」と命名されて6年後の昭和58年(1983年)、

計雄さんと八重子さんは観音寺市に「讃岐かがり手まり保存会」さんを立ち上げました。

讃岐かがり手まりが香川県の伝統的工芸品に指定されるとともに、当時から今に至るまで唯一の指定製造団体の認定も受けています。

現在は計雄さん、八重子さんご夫婦の息子さんのもとに嫁いできた荒木永子さんが今の保存会の代表です。

 

 

保存会の目的は名前の通り、讃岐かがり手まりを未来に保存していくこと。

讃岐かがり手まりを製作して販売をし、持ち主のもとで保存されることで残っていければと考えています。

ですが、単なるお土産ものとしてではなく、魅せ方をもっと考えることで讃岐かがり手まりを楽しく、そして面白く感じてもらえるのではないかと、永子さんたちはただ置いて飾るだけではない新たな価値を生み出しました。

 

たとえば15年ほど前に商品化したストラップ付きのとても小ぶりな手まりは、持ち物につけてそばに置いておくことが出来ます。

手まりの芯のなかに天然香料を入れることで香りをつけた「にほひ手まり」は、玄関先などに置いておくのもいいですし、桐箱から出してバラにしてから洋服タンスなどに転がしておくと、香りも付き、見た目にも楽しめます。

 

1つ1つ全てが手作業で作られる手まりの製作には時間がどうしてもかかります。

かかる時間の分、作り手さんを育成することで多くのお客さんからの需要に答え、讃岐かがり手まりを広めていくために、およそ4年前に作り手さんを募りました。

毎月ひとつの柄を課題にするなどの指導を始め、今では柄を新たに創作することも。

現在は約100人の作り手さんがおり、そのうちの数十名の作り手さんがかがった手まりが保存会運営スタッフさんの検品を通ったうえで商品として送り出されています。

 

■讃岐かがり手まりの作り方 〜草木染めの木綿糸〜

 

木綿糸は東京のお店から仕入れていますが、草木染めは保存会さんで行います。

ちなみに、以前は倉敷にあった木綿屋さんで買い求めていました。

 

 

木綿糸は柔らかさがあって触り心地がいいのですが、天然の着色料が定着しにくいという性質があるため、染める前の下準備として

大豆の煮汁(呉汁)に木綿糸を浸けて乾かします。

大豆に含まれるタンパク質が天然着色料を定着しやすくさせる効果があるためです。

上の画像の左が呉汁に浸ける前の木綿糸。右が呉汁を浸けたあとの木綿糸です。

 


それから色素をより鮮やかに見せ、色落ちしにくくさせる天然の媒染液に浸け、そのあと材料を煮だした草木染めします。

これを3セット繰り返して染めていきます。

同じ染料を使用して濃淡を分け、同時に3色の染色を行います。

 

 

染めた木綿糸は、色落ちのする紅花系の色以外は日差しで干します。

このとき糸をまんべんなく広げてさばき、乾きやすくします。

乾かす時間は季節や天候によって異なります。

 

草木染めの材料は手に入る身近な植物であれば保存会さんが採りにいきます。

自然物ならなんでも材料になるので、虫を使ったり、いろいろな植物で試作することも。

ですが植物はものによって退色の度合いや色落ちしやすいか、しにくいかが違ってきます。

正倉院に残っている染め物の材料であれば退色しにくく長持ちするのは間違いないため、参考にされています。

 

■讃岐かがり手まりの作り方 〜手まりの芯、かがり〜

 

手まりの芯作りは、薄紙でもみ殻を包むところから。もみ殻とはお米の皮のことです。

 

 

手まりのサイズによってもみ殻の量を変えて、薄紙でまるく包みます。

それを木綿糸を紙が見えなくなるまでぐるぐる巻きにします。

この木綿糸の色は作る手まりの色柄によって様々です。

 

土台になる芯まりができたら、模様をつくるための目印となる「柱」を立てます。

そして柱から柱へ糸をかがっていきます。

「かがる」とは糸をすくいあげながら縫うことを表しており、針を芯に刺して貫通させ、これを糸の色を変えながら繰り返し繰り返し行います。

糸の太さは糸を1本取りにしたり、2本取りにしたりと、どんな模様、雰囲気に仕上げたいかで変えます。

1本取りの糸で完成した手まりは繊細な雰囲気になり、2本取りの糸の手まりは模様が際立ちます。

玉結びは芯のもみ殻に刺して隠し、どこが糸の起点だったのか全く分からない美しい仕上がりです。

 

完成した讃岐かがり手まりには名前がつけられていますが、名前で技法と模様をあらわしているものも。

「桜交差」という手まりならば、桜の模様の、交差の技法で作られているということです。

模様や全体のイメージで名付けられているものもあり、それは新しく創作した模様の手まりであることが多いようです。

 

■讃岐かがり手まり保存会のこれから

 

 

手まりは子どもの遊び道具でした。

玩具とはいえ、家族や自分で作った唯一無二の模様、色の手まりは、かけがえの無いものだったのではないかと思います。

ですが、糸の手まりからゴムのまりへ、そして子どもたちの遊びの内容も変化していったように、時代とともに手まりの形も移り変わり、忘れられていきました。

それは悲しいことかもしれませんが、その時代にしか作れないものがあると荒木永子さんはお話されています。

 

約15年前に商品化されたストラップサイズの手まりも、香りつきの手まりも、昔にはなかったもの。

それらの大元になった普通のサイズの手まりを手にとってもらうための入り口に、という願いもこめられて作られました。

昔から続いてきたものの途絶えていた讃岐の手まりを荒木計雄さん、八重子さんたちが調査を重ねて形にし、材料や作り方を伝承しながら新たな形を永子さんたちは生み出してきました。

何もないところから全てを生み出していくという基本は変えず、今の時代をいきる作り手さんたちの想像と技によって、讃岐かがり手まりは昔にはなかった新たな広がりをみせています。

こうしていつか次にバトンタッチ できるように基板を作りながら、讃岐かがり手まり保存会さんはこれからも活動を続けていきます。

過去、現在、未来まで見すえながら物づくりをしていく皆さんの姿勢には大きなパワーを感じました。

ひとつの工芸品にもたくさんの可能性が秘められているのだということに、勇気づけられる思いです。

 

 

ハスイ

 

サヌキノススメ第10回 その3『田村久つわ堂総本店②、西の丸ホテル②、クリームファクトリー』

 

サヌキノススメ見学会は1日かけての企画です。

より道、お昼ごはん先も大事な行き先、楽しみのひとつ。

 

田村久つわ堂総本店さんと西の丸ホテルさんは10月の見学会でも立ち寄っているのですが、

10月に田村久つわ堂さんで昼食→今回は瓦せんべい見学に、

10月に西の丸ホテルさんでより道(買い物)→今回はお昼ごはん目的で行ってきましたよー!

 

※前回のブログはコチラからご覧くださいませ

 

 

まずは「田村久つわ堂総本店」さん。讃岐かがり手まり保存会さんへ向かう前に立ち寄らせていただきました。

瓦せんべいでもおなじみのこちらは高松三越の手前にあり、2階3階は喫茶スペースに。

1階ではお菓子の販売と製造をしています。

 

 

今回見学させてもらったのは「瓦せんべい」の製造です。

田村久つわ堂総本店さんではおよそ140年ほど前から瓦せんべいを焼き始めました。

「瓦せんべい」そのものの起源や由来はいろいろあるそうですが、歴史ある郷土菓子のひとつになっています。

 

 

使うのは2〜3日寝かした生地。

生地には卵が入っていないので堅くしまったおせんべいになるのですが、

白下糖とよばれるお砂糖を入れることで、口にいれると溶けて柔らかくなるので食べだすとやみつきに!

瓦せんべいの食感のヒミツは白下糖に隠されていたんですね。

 

 

瓦せんべいのキモになるこちらの「白下糖」はさぬき市津田町の山田さんが作ったもの。

ちょうど12月末頃に精製された新モノの白下糖を味見させてもらうと、濃厚で香ばしい甘さが。

 

エネルギーが満ちている初物を食べると長生きすると言われていますし、この後にうかがった地濱水産さんの海苔も新モノだったのでこの日は寿命の増す1日になった・・・はずです!

貴重な物をありがとうございます!

 

 

見る、食べるだけでなく、焼いている瓦せんべいをひっくり返す体験もしてきました!

 

製造を担当されている浅田さん、児玉さん、古市さんは勤めだして20年以上のベテラン職人。

すいすいと作業をこなされているので簡単かと思いきや、当然そんなはずもなく・・・。

まだやわらかい瓦せんべいを狭いスペース内にひっくり返すのは難しく、

隣の瓦せんべいにかぶってしまったり、めくれたりもしましたが、そのたびに修正をしてなんとか完遂!

 

 

焼き途中の瓦せんべいもそうですが、できたてアツアツの瓦せんべいもフニャンとやわらか。

あっという間に堅くなってしまうのでお熱いうちにいただきました。

もちっとした歯ごたえの瓦せんべいを食べることができるのは見学時のほんの十数秒だけ!

熱くても美味しい、冷めても美味しい、瓦せんべい。

 

 

締めはこの見学会で一番最初のお買いものタイムです。

味だけでなく形や色、食感が違うたくさんの種類のあるおせんべいが置いてありますが、全て3人の製造担当さんが作っています。

試食やスタッフさんにご相談しながらの品定め、楽しかったですよ〜。

 

今回は瓦せんべい作りを見学させていただきましたが、日によって別のおせんべいを作っているそうです。

作業スペース見学には事前予約が必要ですが、通路と隣接している作業スペースには大きなガラス窓がありますので、窓ごしに見ることもできちゃいますよ。

だいたい平日の午前中だと作業されてると思います。

 

 

ドーンと巨大な瓦せんべいを見ることができるのは田村久つわ堂総本店さんだけ!

これより小さい瓦せんべいは数種サン・クラッケでもお取り扱いさせていただいております〜。

ご自宅用におみやげ用にぜひどうぞ。

田村久つわ堂総本店のみなさま、親切に対応してくださってありがとうございました!

 

讃岐かがり手まり保存会さんの見学のあとはお昼ごはんへ。

歩くこと約3分。高松駅近くの「西の丸ホテル」さんに到着でーす。

 

 

去年オープンした「西の丸ホテル」さん。レトロでおしゃれなインテリアが素敵です。

雑誌や本がたくさん置いているのでくつろげますし、ランチタイム営業もされているのでお昼にもオススメですよ。

 

 

お店は店長の茜さんがお一人で切り盛りされています。

「西の丸ホテル」の由来ですが、お店の所在地が西の丸町で、なおかつ茜さんの名前にも「西」が隠れていますよね!

店名に“ホテル”と付いているのは以前この建物がホテルだったため。

今も数軒残っているのですが、このあたりはもっと宿泊施設が多かったそうです。開発に伴う区画整理があり、現在に至っています。

 

 

兎にも角にも、見学時のメニューを見ながらランチをどれにするかシンキングタイム。

では見学会恒例のお昼ごはんギャラリーをどうぞ!!

 

 

こちらがおにぎりプレート。

大きなおにぎりが食欲をそそります!

おかずはちょっと濃い目の味付け。でもお野菜が多くてヘルシーです。

 

 

そしてキッシュランチ!

その日や季節によって種類が変わります。

焼き菓子を得意とする茜さん。サクサク生地のキッシュは一度ご賞味ください。

 

 

最後に気まぐれカレー。この日はひよこ豆入りでした。

ご飯にちょこんとのっているのはお漬物(ピクルス)です。

どんぶりのような器に入って出てきたので見た目より量がありますよ〜。

 

 

こちらは別の日にお邪魔したときに注文したチョコムースケーキ(新作)とホットチョコレート!

ランチメニューのほかにも旬の果物、食材を使ったケーキやタルトを取り揃えてあるほか、

クッキーやビスケットといった焼き菓子も充実しています。

 

 

お菓子づくりを本格的に始める前から料理本を読むのが好きだったという茜さん。

本の知識と今までの経験、試行錯誤を積み重ねて、シーズンごとに新作がどんどん増えています。

お客さんからのリクエストで作られた、アレルギーを持っている方のための米粉クッキーも好評です。

 

 

高松駅、ことでん高松築港駅の間にある西の丸ホテルさん。

このあたりは似たような路地が多いので、ホテル万喜屋さんの看板を目印にするとわかりやすいかと思います。

 

 

おだやかで、それでいて芯のある西の丸ホテルさんのメニュー!

サン・クラッケでも一部の焼き菓子を取りそろえておりますよ〜。

茜さん、おいしいごはんをごちそうさまでした。ありがとうございました!

 

西の丸ホテルさんのフェイスブックはコチラになっています。

 

 

地濱水産さんの見学が終わり、解散前にこちらに立ち寄らせていただきました。

シュークリームの量り売りをされている「クリームファクトリー」さん!

2010年3月1日にオープンしてから5周年!

兵庫町商店街アーケードから歩いてすぐのところ、高松街ナカにお店を構えています。

 

 

季節限定のクリーム以外にも、定番クリームが数種類。

定番のカスタードは押さえたいところですが変わり種も気になります!

こうして私や参加者さん、どれにするか迷いに迷いました。お騒がせしました・・・。

 

 

カウンターの向こうで実際にシュークリームを焼いていらっしゃいます!

量り売りではなく個数売りもしてくれますので、迷った時は店員さんにご相談を。

 

 

私はカスタードと季節限定の「おいも」を注文!

が、全部1個ずつでも頼めばよかったとあとでちょっと後悔しました。

初めて食べるシュークリーム専門店さんのシュークリーム、本当においしかったんです。

 

 

皮はしっかりと厚め。食べるとサクッとしていてクリームたっぷり。

くどすぎず甘すぎずなカスタードも、風味がしっかり味わえるおいもクリームにもぴったりとはまる絶妙なシュー皮でした。

例によってすぐに食べきってしまったため、シュークリームの中身が見える写真がありません!申し訳ありません。

ぜひお買い求めのうえ、シュー皮の食感とクリームのハーモニーをお楽しみください。

 

クリームファクトリーさん、とつぜんの訪問にも関わらず 本当にありがとうございました!

 

見学会を通じて調べることで、知らなかったお店にたくさん出会えて楽しいおいしい、ハスイでした!

次回は讃岐かがり手まり保存会さんについての詳細ブログになります。

 

ハスイ

 

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